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旅紀行 »旅日記 » 2016-7 イタリア、バチカン、マルタ
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イタリア、バチカン、マルタの3ヶ国周遊 by Azusa
アルゲーロ→ボーザマリーナ→クーリエリ→サルキッツ→オリスタノ→バルーミニ→アルゲーロ
さあ今日は大移動!!
お目当ては、世界遺産に登録されているヌラゲ(石造りの遺跡)である、バルーミニBaluminiのスーヌラゲSu Nuragheです。
サルジニア島は四国よりも大きな島で、急峻な山が多く、高速道路でさえ九十九折の道が随所にあるような島です。でも、高速道路ばかり走っていてもこの島の良さは見えてきませんから、バルーミニへは、海際の道を走り、山合いの小さな町を多く経由するように、楽しそうな道を進むことにしました。
最初に到着したのは、西海岸のリゾート地であるボーザマリーナBosa Marinaです。ボーザBosaは、ボーザ本体とボーザマリーナの2区画に分かれていて、マリーナ側は別荘地というか保養地というか、ともあれヴィラがたくさん並んでいて美しい。
クーリエリCuglieri通過。
山の中の大聖堂、山の中の教会が、山の中腹からも気高く見えて美しい。
サルキッツS'Archittu到着。
紺碧の美しい海に臨む小さな町。海がきれいに見えるところで、ここでランチ休憩にしましょう♪ 今朝、宿のキッチンで作った、生ソーセージのラグー仕立てのファルファッレやチーズをランチにいただきました。
オリスタノOristano通過。
大きな教会、サンタマリアアッスンタSanta Maria Assuntaが迫力のある町。
そして、モゴロMogoro、トゥッリTurri、トゥイーリTuiliを通過する、のどかな田舎道のドライブの末に、14時ごろ、とうとうお目当てのバルーミニに到着しました♪ 遺跡ガイドが無料でついて、説明を聞きながら観光をすることができると言われ、良い機会なのでガイドつきで動くことにしました。英語が分からないイタリア人グループと、イタリア語が分からない私たちの組み合わせだったので、ガイドは1つの説明を2言語で語らねばならず、忙しそうで申し訳ないですが(苦笑)、お姉さんが一生懸命に頑張っている姿も、バルーミニ観光の良い思い出です。
何日か前の日記に「当時2万のヌラゲがあったと推測されており、7000が現存する」と書いた通り、サルジニア島はいたるところヌラゲだらけなのですが、北部アルゲーロAlgheroから南下してバルーミニまでやってくると、やはりヌラゲは島の北部よりも中部のほうが多いように感じます。そのヌラゲの中でも最大規模を誇るのが、ここバルーミニのヌラゲなのです。
確かに立派、大きい。
石造りの棟は3階建て構造になっていたそうで、どうやって1つ100kgを超えるような巨石を積み上げていけるのか、そしてどうやったらこれが5000年も残り続けられるのか、こういう古代遺跡にはいつも感動させられます。
もちろん、エジプトやメキシコのピラミッドも、発見当時は土や砂が積もって草が生えている小高い丘でしたが、発掘して、土や砂を除けて、遺跡が姿を現します。ここサルジニア島のスーヌラージも同様です。発掘し、石を見つけ出し、堆積した砂を除去し、崩れた部分は組み直して修復し、観光客が怪我をしないように急な階段部分などには手すりをつけて、こうして一般に公開しているのです。
塔のてっぺんにも登れるようになっていて、そこから見渡す草原の風景も素晴らしい。ガイドによると4月から11月は乾季で雨が降らないので草が枯れ、一面に茶色い風景が広がるそうです。でも12月からは雨が降るので今は緑が美しく、私たちはラッキーであると言います。だけど観光客が多く来るのは夏なんだよねー(笑)って、苦笑いしながら言っていました。
素晴らしい遺跡にいると、時間が経つのが早いですね。
やばい急げもう午後4時だ ((((スタタタ ヘ(* - -)ノ
バルーミニのヌラゲは、遺跡本体のほか、展示館と博物館も見どころになっていますから、こちらも観光しておきたいです。展示館は簡単な写真の展示なので短時間で済みました。一方で博物館は内部構造が壮大で驚きます。まず、建物自身がヌラゲを覆い囲うように建設され、入り口を入ったらエレベーターで2階(地上階が0階なので2階は日本感覚の3階)まで上がり、岩の上に作られた歩道を歩いて、ヌラゲを見下ろすように眺めながら、タッチパネル4言語式(日本語はない)で説明を見ながら観光をするという構造でした。
* * *
すみません、最後は、ちょっと料理のお話しを。
日本語で出版されているサルジニア島の料理本に、「Cabone in Tianu」という鶏肉料理が掲載されていました。材料や作り方が書いてあっても、「Cabone」や「Tianu」の意味が書いておらず、だけどどうしても知りたかった。
これまでも、サルジニア島に到着してからというもの、英語・イタリア語・サルド語が話せる人に会うたびに、「Cabone in Tianu」の単語の意味は何かと聞いてきました。でも、誰も知らなかった。皆さんこれはイタリア語ではないという。「サルジニア島には20の方言がある。北部の私が分からない言葉だからこれは南部の方言だと思う。」と言ってくれる人もいました。
オルビアOlbiaで聞いてもだめ。
サッサリSassariで聞いてもだめ。
アルゲーロAlgheroで聞いてもだめ。
よって、島南部にあたるここバルーミニが最後の綱。博物館の受付に屯していた3人のおばちゃんたち(英語は話せません)に、拙いイタリア語で質問をしてみると。。。
す!
すごい!
おばちゃん全員分かってる!!!
流石南部だ \(^^)/ ばんざーい
サルジニア島はスペイン語の単語も混交しているという事前情報と、そもそもイタリア語とスペイン語とフランス語には共通する語幹の単語が多いことから、スペイン語もフランス語も多いに交ぜてしまって申し訳ないですが、それでもこちらは何とか聞き取りをしたくて精一杯。そして努力は結実し、無事に解決することができたのでした。意味は「セラミック製などのオーブン耐熱容器で作る鶏肉料理」のような感じでした。 ∩(´∀`)∩ワァイ♪
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料理は、文化そのものだと思っています。
だから、学ぶことが楽しくて、有意義で、やめられない。
世界の料理を学ぶことを、やめようと思ったことがない。
学び続けられる分野を見つけられたことは、一生の宝物を得た気持ちです。
サルジニア島で言えば、イタリア統一から強烈なイタリアンフュージョンの中にも、スペインの文化、フェニキアの文化、地中海性の豊かな食材を使い、羊がたくさんいて、魚介類にも恵まれている。それがサルドの文化そのものである。きっとこれからも、サルジニア島独自の料理は、良い意味での保守性から、この島に残っていくように思えました。
私はといえば、サルジニア島の滞在は限りがあることなので、目線はいつも一生長く続く日本での生活です。だから、世界を旅して、日本で作り続けていけるような、お気に入りの料理に多く出会いたいと思っています。
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遠出をした大観光日も、無事に終了しました。アルゲーロに戻ったのは夜遅かったのですが、幸いにも、私たちの滞在期間は宿に他の客がいなくて、キッチンもバスシャワーも私たちの専用の状態になっているのが嬉しいです。疲れをとって、まだまだ続くイタリアの旅を、頑張ろうと思います。