2019 モンゴルからロシア

モンゴル横断、そしてアルタイ共和国からシベリアへ

32日目 →ノヤブリスク

 目が覚めると列車は湿地帯のようなところをずっと走っていた。寒々としている景色が続いている。
19/09/17 10:58:26
 ハンティ・マンシ自治管区からヤマロ・ネネツ自治管区に入る手前の駅もないところで、列車は長時間の停車。これで遅れるんだろうなと思ったが、時間調整だったようで、定刻の8時50分にノヤブスク2駅に到着した。
 モンゴロイド系のネネツ人が自治するヤマロ・ネネツ自治管区は、北極海に面し、日本の約2倍の面積を持つ広大な自治管区である。ヤマルは、北極海に突き出した半島の地名。ネネツ人の自治といっても、2010年の統計では、ネネツ人は人口の約6%を占めるにすぎず、ロシア人が62%、ウクライナ人が10%となっている。ロシアの生産量の9割以上を占める天然ガスの採掘と12%を占める原油の採掘で潤うこの地に、他の地方から多くの人々が移り住んでいるためだ。ただでさえ人口比率の少ないネネツ人は、遊牧や狩猟、漁猟で生活をする民であり、資源採掘で発展する都市を訪れても会えるチャンスは非常に少ない。
 ノヤブリスクは、乗って来た列車の終着駅であるノヴィ・ウレンゴイと自治管区内最大の人口を競っている都市である。どちらも天然ガスや石油の採掘で発展する都市で、ツーリストはまず来ない街だ。
 ロシアの共和国巡りを始めて4年目、ここまでで残る共和国はあと2つとなったが、未訪問のコミ共和国とサハ共和国を今回の旅で立ち寄るのは位置的に難しい。それなら共和国にはなっていないが、少数民族が自治するロシア連邦構成単位の自治管区を訪れてみようと思い立ち、観光情報のほとんどないヤマロ・ネネツ自治管区のノヤブリスクにやってきた。
 はるばる来たのに、到着時から雨が降りだしそうな天気で、宿に着くと同時に雨が降りだした。濡れながら行くほどの見どころはなく、しばらくホテルで待機する。雨は小降りになり、また昼が過ぎ、空腹になったので、仕方なく出掛ける。宿の周辺には食べるところはなく、20分ほど歩いてショッピングモールへ。一応ネネツ料理を探したが、簡単に見つかるはずはなく、あるのはロシア料理かウズベク料理、ハンバーガーといった普通のロシアの街と同じような店ばかり。人が多く入っている人気のペリメニ店に入る。予想外に高い店だが仕方ない。資源採掘で潤うこの街は所得水準が高く、市バス料金さえ今までの街よりも高いのだ。味は良かったし、店の作りや食器がおしゃれで、妻は喜んでいた。
19/09/17 17:35:44
 店のお姉さんがロシア人ではなかったので、民族を聞いたところタタール人。店に入る前にモンゴロイド顔の女性が果物を売っており、民族を尋ねたらキルギス人。同じ列車で来たおばさんはバシキール人。街にはモンゴロイド顔の人も多いが、圧倒的に他から来た人が多く、ネネツ人に会うのは難しそうだ。
19/09/17 18:03:16
 食事をしている間に雨は止み、心置きなく散歩が出来るようになった。市場の果物屋さんは中央アジアにあるような店構えだなと思って民族を尋ねたら、アゼルバイジャン人とタジキスタン人。天然資源に恵まれているが、生活環境の厳しいこの街に出稼ぎに来ている人は、本当に多いのだ。
19/09/17 18:12:00
 図書館前にはおもしろいモニュメントがいくつも並んでいる。この街で見どころにあげられているのは、こういうモニュメントが多い。
19/09/17 18:49:20
 こちらは教会前にあったパンのモニュメント。
19/09/17 18:54:52
 トリップアドバイザーの日本語ページで見どころナンバー1にあげられていたのは、丘の上に建つ大天使ミカエル正教会。街自体が新しいので歴史がある教会というのではないが、美しい教会である。
19/09/17 19:03:24
 トリップアドバイザーの英語ページで見どころナンバー1にあげられていたのは、巨大な蚊のモニュメントだ。ただし、街から数キロ離れたバスもない場所にある。タクシーで行くほどの価値はないと思っていたが、街の中心の公園に新しい蚊のモニュメントが出来ていた。確かに見応えのあるモニュメントだ。シベリアの湿地帯は蚊がすごく、昔は冬の方が旅をしやすいといわれていたほどなので、この街も夏は蚊が多いのだろう。
19/09/17 19:20:00
 イスラム教徒の人も数多く住むので、新しいモスクが建てられている。
19/09/17 19:47:48
 市場も売り子は出稼ぎのアジア系民族が多く、店構えも中央アジアを思い出させるものだ。
19/09/17 20:01:56
 最後に博物館を訪れる。観光客が来ない場所なのでロシア語しか通じないのに、館員のガイドが必須の博物館だ。グーグルの音声翻訳を使って解説を聞くと、目の前の展示の説明ということもあって、意外に理解できる。1975年にヘリコプターでロシア人が来たのがこの街の始まりで、そこから一気に進んだの開拓の歴史がよく分かった。しかし、展示は街の開拓史で、ネネツ人に関するものは何もなし。
19/09/17 20:38:42
 街が出来た初期の住宅と説明してもらったのと同じタイプのマンションが近くにあった。これが築30数年らしい。
19/09/17 21:19:46
 宿は電子レンジがあるくらいでキッチンがある訳ではないが、スーパーで買出しして部屋でとる冷菜の夕食は気に入っているので問題はない。またベーコンを買って美味しくいただいた。
19/09/17 22:14:04