2人の世界旅 日々の記録

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アルメニア>2009年03月05日(Thu)
トビリシ→サダフロ国境→バグラタッシェン国境→ゾラゲ→エレバン
:: 旅665日め : 世界旅98ヶ国め : 和人217ヶ国め : あづさ117ヶ国め ::

■アルメニアとアゼルバイジャン
トビリシからミニバスに乗って2時間、私たちはアルメニア側バグラタッシェンBagrataschen国境に到着しました。パスポートに訪問済みのアゼルバイジャンビザがあったことから、入国には大変に時間がかかりました。「案の定」。

さてここからは、アゼルバイジャンとアルメニアについて、簡単に覚え書きを付しておこうと思います。これを知っていないと、このアルメニアの旅が理解できないので。


第一次世界大戦時のオスマントルコによる百万人単位のアルメニア人虐殺。虐殺から逃れたアルメニア人は、アメリカ、ロシア、中東などに散っていきました(1)。1920年アルメニアでソビエト政権樹立、当時ナゴルノカラバフNagorno-Karabakh地域は(※現在ではアルメニアからちょっと離れたところにありますが、その場所は古くよりアルメニア人が多く住む地域でした)アルメニアに帰属していました。

1922年スターリン書記長任命。翌1923年ナゴルノカラバフはアゼルバイジャン内の自治州とされてしまいます。・・・何故? 1つはオスマン帝国との条約によるアルメニア分離政策、また、一説では、独裁者スターリンは、同じ宗教を持つ民族が集合することを嫌い、恣意的に国境線を引き、民族を意図的に分離するようにしたといいます。団結力を弱くし、民族色や宗教色を薄め、国内が社会主義思想でまとまるようにしたかったのですね。だから、(1)でロシアへ逃亡したアルメニア人は、アルメニア本土ではなく、アゼルバイジャン内のナゴルノカラバフへ帰還させられたりもしています。

で、結果、それら政策は失敗に終わります。20世紀後半、ソ連が国力を失してきた頃ゴルバチョフが興したペレストロイカ(建て直し)には思想の自由や政治自由が盛り込まれており、それを受けナゴルノカラバフのアルメニア帰還を熱望する住民の意識が沸騰。アルメニアはナゴルノカラバフ返還要請を要求しましたが、アゼルバイジャンは返還には応じず、ナゴルノカラバフに住むアルメニア人を虐殺してまで土地返還を拒みます。そして、両国は本格的な戦争(ナゴルノカラバフ紛争)へ突入していきます。その最中、ナゴルノカラバフはアルメニア支援を受けて独立宣言、この独立の背景にはナゴルノカラバフに主権を持たせるというアルメニアの考えもあります。戦争は1994年に停戦したものの、今も和平には至っていません。

さて、ナゴルノカラバフまとめ。
・ナゴルノカラバフはもともとアルメニア人の土地だった。
・その後意図的にアゼルバイジャンに編入されてしまった。
・アルメニアはナゴルノカラバフ返還を要請。
・戦争
・ナゴルノカラバフはアルメニア支援のもと独立宣言
・現在停戦中

なかなか、島国に住む日本人、民族対立や宗教対立はつい他人事となってしまう日本人には、陸続きの中、異なる民族・宗教をもつ人々の混在とその問題点を理解することが難しいです。

さてさて、私たちの入国の話しに戻しましょう。上記のことより、当然、今もアゼルバイジャンとアルメニアは敵対関係にあります。かつて戦争と虐殺を互いに仕向けるほどの敵対関係ですから多大な憎しみも含まれるでしょう。私たちが、アゼルバイジャンビザを持っていたためにアルメニアの入国審査に時間がかかったのは、分かっていただけたことと思います。


今日の日記は、今後数日間をアルメニアで過ごす基盤の紹介となりました。

首都エレバンYerevanでは中心部オペラ座のすぐ近くに住むマロちゃんちに泊まることになっています。同居しているアレット君がアルメニア料理をいろいろと私たちにごちそうしてくれ、アルメニア初日はほのぼのと終了です。

雪景色 width=

  今日も寒かったよー(苦笑) 国境からエレバンへ向かう峠越えの風景です。美しいねっ♪
本日の旅
行動 :トビリシからエレバンへ移動、アルメニア出国、グルジア入国
朝食 :トースト、バター、ラズベリージャム、コーヒー、オレンジジュース、チョコスプレッド/トビアス兄さんち
昼食 :キャバブ(ひき肉の串焼き)を生玉ねぎと共にラバッシュという薄パンで巻く)/ゾラゲの食堂
夕食 :basturma(バストゥルマ、ねっとりスパイスをたっぷり塗った牛肉を日干しにしてスライスしたもの)、Lavash(ラバッシュ)、キャバブ、tutu(トゥトゥ、トマトなどの野菜の酸っぱくない酢漬け)、チャイ(紅茶)、チャチャ(グルジアの蒸留酒)/マロちゃんち
宿泊 :マロちゃんち

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旅情報
1グルジアラリ=60.6円
1アゼルバイジャンドラム=0.283円

*トビリシからエレバンへの移動
トビリシ市内のマルシュ乗り場(中心部より東にある)から乗車。1人30ラリ。出発後1時間強でグルジア側国境、荷物検査などほぼスルー。すぐ近くがアルメニア側国境、アゼルバイジャンビザやトルコビザなどがある場合、ここでの入国審査に時間を要すると思われる。事前情報でも今回の訪問でも、訪問先の電話番号を聞かれ、実際に入国係官が電話確認をするという感じなので、宿泊予約を入れるか、せめて宿泊先電話番号をメモしておくといい。国境を出たらエレバンまでは3時間だった。

*国境で取るアルメニアビザ
バグラタッシェン国境で取得。120日滞在可能なシングルビザ(1回入国用)が15000ドラム。ドラム払いしか受け付けないので、国境にある銀行で両替して支払う(ATMはなかった)。