時差ぼけがあるので今日も5時に起床。気温8度、寒い。昨日スーパーに寄れなかったので、朝食は取れずそのまま5時20分に出発した。
30分ほど走ったところでムース(ヘラジカ)の母子発見。

オンタリオ州は州内時差があり、時間が1時間進む。サンダーベイに着いてスーパーに入ったのがウィニペグ時間の7時半だが、実際にはトロント時間で8時半になっていた。買い出し、給油をして、郊外にあるテリーフォックス国立歴史記念碑で朝食をとる。

サンダーベイはスペリオル湖に面した港湾都市。スペリオル湖は、五大湖の最上流部に位置し、カスピ海に次いで世界第2の面積を持つ。大西洋まで続く水路は全長3770キロに達し、大型の貨物船が運航している。テリーフォックス国立歴史記念碑からは貨物船の行き来までよく見えていた。

テリーフォックスは、義足のランナーとしてカナダ全土で知られているそう。ここに来るまで知らなかったが、史上最も偉大なカナダ人の一人とみなされているという。Wikipedhiaによれば、『1958年7月28日、マニトバ州ウィニペグで生まれ、バンクーバー近郊のポートコキットラムで育つ。サイモンフレーザー大学の学生で、バスケットボール部で活躍していた1977年、右ひざの痛みで医者にかかったところ、それが骨肉腫であることが判明。骨肉腫で右足を切断した後、がん研究資金を募るために、1980年4月12日、ニューファウンドランド州のセント・ジョンズから「希望のマラソン」(Marathon of Hope)を開始した。北アメリカ大陸を横断してバンクーバー島のポートレンフリューを目指し、義足をつけて毎日フルマラソンと同じ42kmを走り続けた。目標は完走と100万ドルの募金を集めることだった。しかし143日目の9月1日5,373kmを走ったところで、癌の肺への転移のためオンタリオ州サンダーベイ付近でマラソンを断念し入院。1981年6月28日、テリーは22歳の若さでこの世を去った。』という人物だそう。

10時45分、サンダーベイ出発。1時間ほど走ったところでニピゴン通過。ニピゴン川に架かる橋を渡るとトランス・カナダ・ハイウェイは、湖岸をそのまま走るルートと川沿いに北上するルートに分岐する。今は北上ルートに進み、帰路で湖岸のルートをとる計画だ。

12時20分、ロッキーベイのインディアンリザーブに立ち寄り、鉄道廃線跡のジュンボズコウブトレイントンネルを訪れる。

ニピゴン湖畔にあるロッキーベイは、正式名称がビインジティワビク・ザアギング・アニシナーベク・ファーストネーションだが、長いためか、今も旧名のロッキーベイ・インディアンリザーブで通っている。

12時50分、ベアードモアに到着する。観光案内所の前には巨大な雪だるま像。高さは10メートル以上ある。

さらに1時間ほど走り、グリーンストーンを通過。ここには2024年に新しく採掘が開始された露天掘りの金山がある。

14時にロングラク到着。湖畔での昼食は朝食の残り。

16時半、ハーストのモーテルに到着する。本日の走行は701キロだった。ワールドカップのサッカーを見たくて早く到着し、部屋で色々試みたが、有料サイトに登録しないとみられない。ロビーのテレビは映しており、決勝トーナメントのフランス・モロッコ戦を後半だけだが見ることが出来た。

初日のAirbnbの宿でもワールドカップは見られず。以前は無料で見ることが出来、テレビがなくともネット配信で見れたのに、今大会からは厳しくて無料では見れなくなった国が多い。カナダも結局見ることのできた試合はこの試合のみ。残念だ。
夕食は朝や昼と同じものを部屋で食べる。