:: 旅189日め : 世界旅40ヶ国め : 和人214ヶ国め : あづさ61ヶ国め ::
■夜中のカバラ停泊
昨夜の不安は的中しました。夜中1時半、トンブクトゥTimbuktuの最寄の寄港地、カバラKabalaに到着したのです。
何がやばいかって・・・船は寄港地に4時間程度しか停泊せず、その間に世界遺産トンブクトゥを観光したいのに、4時間ではまだ夜中なので観光ができないのです。英語ガイドブックにも、「トンブクトゥはカバラからタクシーチャーターでダッシュ観光もできる」と書いてあるように、カバラ停泊が昼間であれば、全く問題がないのですが、今は夜。船のキャプテンに出港時刻を聞くと朝6時ごろとのこと。しかし6時はまだ日の出前・・・観光なんてできるわけないじゃないですか・・・。
甲板の上で、2人の話し合いが延々と続きます。トンブクトゥよりもガオGaoを優先したい、つまり船は降りたくないという和人と、ガオよりもトンブクトゥを優先したい、つまり船を降りたいというあづさ。どっちを優先したって、優先されない選択肢があるのだからベストの解決方法なんてあるわけがない。ガオ-トンブクトゥ間を陸路で移動する方法も考えられそうですが、実はこの辺りは陸路が整備されていなくて、陸路を簡単に選択することができないのです。じゃあ飛行機?・・・でもその方法もベストの解決方法になるわけがない・・・。
船が出るぎりぎりの時刻になるほどに私たちは答えを出さなければなりません。それは、今いる場所がトンブクトゥの目の前なのだから下船してトンブクトゥに行こう、そしてその先は、ガオなりもっと良い場所へなりの移動を探そうというものでした。
本来2日でトンブクトゥへ来る予定が3日かかっており、この調子だと4日でガオにつく予定が6日もかかってしまうのではないかという懐疑も、下船を決めた1つの理由ではありました。
■トンブクトゥへ
トンブクトゥは、寄港地カバラから8kmほど内陸に入ったところにあります。8kmなら歩いてしまえと、勧誘がうるさいタクシーを振り払い(きっとぼったくりタクシーでしょうし)、私たちは日の出間もない時間に歩き始めました。途中地元の人の車が停まってくれ私たちをトンブクトゥへ送ってくれました。
トンブクトゥは、サハラ砂漠の南縁とニジェール川の北縁との接点に位置しています。ラクダの遊牧民トゥアレグ族の宿営地から発達し、ラクダと舟という当時のこの地方での商品を大量に輸送する二つの主要手段の中継地、いわゆるサハラ交易都市として栄えてきました。塩や金の交易は重要ですが、トンブクトゥには物資の移動と共に北アフリカから多くのアラブ系商人が来住し、イスラムの学者・宗教指導者(ウラマー)も招かれて、幾つものモスクや大学、コーラン学校がつくられ、商業都市だけでなく宗教・学芸都市としても栄えたのです。
サンコーレモスク:16世紀、サハラの塩床をめぐる紛争がもとでソンガイ帝国が崩壊する頃はイスラム世界最大のアラビア語学校の1つとまでなっていたモスク
シディヤヒヤモスク:西アフリカで2番目に古い(1400年建立)モスク
ジンガレベルモスク:西アフリカ最古のモスク(14世紀初頭)
このような重要建造物が今でも残っており、私たちも3つをしっかりと観光することができました。
写真はサンコーレモスクです。
今ではトンブクトゥはマリの一都市。私たちがジュネベレ(凍ったジュース)を食べながら休憩していた場所は学校の前でした。学校から出てくる人たちは、男性も女性もいきいきとしていて、「マリのいまどきの青年たち」といった感じ。女の子、お洒落で可愛くていいなー(*^.^*) 見とれてしまいます。マリの他都市から来ると、女性のお洒落にも、よく見ると町のいたるところにアラブの名残を感じることができるのです。それもトンブクトゥの歴史とマッチしていて、なんだか妙に納得しながら見ていました。
でも、今では明るいトンブクトゥの町も、16世紀のソンガイ帝国崩壊と共に繁栄を失い、事実、1828年、この町に到達して初めてヨーロッパに帰還した探検家ルネカイエが見たのは、荒廃しきった泥の町だったそうです。そのルネカイエの家も、トンブクトゥの見所の1つとなっています。
■トンブクトゥからの脱出
「トンブクトゥから出るのは入るよりも難しい」と英語ガイドブックにも書いてあるように、「来たはいいけど帰れない」という状態になりやすいのがトンブクトゥです。私たちは、昼頃に観光を終えて、さあ次へ移動しようと乗り合いの車を探していたのですが、なかなか良い手段に巡り合えずにいました。和人の作戦で、乗り場のボスらしき、となりにいたおじいさんと仲良く対談(笑)。そうしたら電話を使って何やらごにょごにょ・・・なんと、私たちのために車を探し始めてくれるじゃないですか!
見つかった車はドゥエンザDouentza行き。他都市からお客をピックアップするために出る車の行きがけに同乗させてくれるとのことです。乗り合いの車で目安にしていた値段よりも少々高めなのですが、それでも、目安の値段に今日の宿泊費を足すよりは安く、私たちは今日のうちにドゥエンザへと移動することに決めました。トヨタの4WD、乗り心地が素晴らしく良いです(^-^)
いろいろあった今日一日でしたが、最後は寝心地の良い宿にもたどりつけ、一件落着。
本日の旅
行動 :ニジェール河船旅、トンブクトゥ観光、ドゥエンザへ移動
朝食 :ビスケット/トンブクトゥの町中
昼食 :ギニ(トマト炊き込みの赤いご飯)/コリウメの町の食堂
夕食 :クスクス/ドゥエンザの宿のレストラン
宿泊 :カンプマンドゴンアブンチュールCampment Dogon Aventures
http://www.dogon-aventures-mali.com
旅情報
1セーファーフラン=0.25円
*トンブクトゥの交通
飛行機、船、陸路での移動が可能だが、船はニジェール河の水位が高い季節(8~11、12月ごろが目安)にクルーズ船があるが、その他の季節はピナッス(ミニボート)となる。陸路の移動は、道が悪いことから乾季(冬~春)でないと難しい。
乗り合いの車は人数が集まらないと出ないことから、希望した日時に出発する可能性は低い。料金はガオ行きもモプティ行きも12000~15000フラン(座席による)だった。飛行機国内線はモプティまで44000フラン、バマコまで90000フランと高額。
私たちは、トンブクトゥ-ドゥエンザを1人15000フランで移動した。他に客がおらず、トヨタの4WDで振動も少なく快適。