1999.12〜2000.6/掲示板よりの旅行情報1
ご存知でしょうが、、、イラクツアー投稿日 2000年6月15日(木)12時59分 投稿者 栗原です
ARABUAE・クウェートビザ投稿日 2000年6月14日(水)13時04分 投稿者 ゆ
RE:arabサウジトランジットビザ投稿日 2000年6月13日(火)01時09分 投稿者 管理人
バスも楽しみの一つ+航空券に含まれるTAX 投稿日 2000年6月9日(金)00時11分 投稿者 管理人
北米横断旅行 投稿日 2000年6月8日(木)10時45分 投稿者 オデッセイ
190ヶ国一口メモ 投稿日 2000年5月26日(金)13時50分 投稿者 オデッセイ
東京から戻りましたナイジェリアビザ・リビアへの船 投稿日 2000年5月19日(金)00時49分 投稿者 管理人
ナイジェリア 投稿日 2000年5月18日(木)06時59分 投稿者 石田昌隆
西アフリカ旅行8 投稿日 2000年5月17日(水)11時04分 投稿者 オデッセイ
はじめまして西アフリカ 投稿日 2000年5月3日(水)19時23分 投稿者 山田英治
西アフリカ報告7 投稿日 2000年5月2日(火)16時38分 投稿者 オデッセイ
RE:ATM 投稿日 2000年4月28日(金)08時46分 投稿者 管理人
中南米のビザ 投稿日 2000年4月24日(月)22時22分 投稿者 管理人
西アフリカ報告6 投稿日 2000年4月24日(月)16時02分 投稿者 オデッセイ
『耐えてアフリカ』読み終わりました。 投稿日 2000年4月20日(木)23時27分 投稿者 ターシュ
西アフリカ報告5 投稿日 2000年4月19日(水)14時26分 投稿者 オデッセイ
西アフリカ旅行4 投稿日 2000年4月18日(火)11時39分 投稿者 オデッセイ
西アフリカ旅行3 投稿日 2000年4月10日(月)17時36分 投稿者 オデッセイ
西アフリカ旅行2 投稿日 2000年4月6日(木)14時39分 投稿者 オデッセイ
ありがとうございますモスクワトランジット 投稿日 2000年4月5日(水)21時17分 投稿者 管理人
西アフリカ報告1 投稿日 2000年4月5日(水)11時49分 投稿者 オデッセイ
バオバブ街道はモロンダバだよマダガスカル 投稿日 2000年4月5日(水)00時36分 投稿者 管理人
一件お願いします。 投稿日 2000年4月3日(月)17時08分 投稿者 自転車野郎(待井)
私も帰国しましたUSA入国拒否 投稿日 2000年3月31日(金)16時59分 投稿者 太
楽しく読ませていただきました物価の高い国安い国 投稿日 2000年1月6日(木)00時36分 投稿者 太
中南米情報? 投稿日 1999年12月10日(金)23時28分 投稿者 山中昇


ご存知でしょうが、、、

 投稿日 2000年6月15日(木)12時59分 投稿者 栗原です

知っているとは思いますが。アンマンからイラクにツアー出ています。1週間で500$くらいでした。でも松本さんがツアーで満足するはずもないし、嫌でショ...。自分は今度の大学の夏休みに三度目のアフリカに行ってきようと思います。その時は是非ご指導ご鞭撻をよろしくお願U「したいのですが。この前まりもねーさんのお店に行ってきました。たのしかったです。


ARAB

 投稿日 2000年6月14日(水)13時04分 投稿者 ゆ

UAE, KUWAIT共に業務での渡航ですが、業務VISAは取得が面倒なので、Hotel VISAを利用しました。
UAEはTransitという名目で簡単に取得できます。
Kuwaitは業務でしか受け入れてくれないのですが、観光目的でも業務だといってしまえば取得できるはずです。
(私の場合現地受け入れ人が保証してくれたのですぐVISAがでましたが、HOTELを保証人にする場合は、どうなんでしょうか。)
どちらも、日本出発10日前までに中級以上のHotelに予約と同時に依頼すれば、VISAのCopyをFaxなどで送ってきてくれるので、 あとは、空港で原本を受け取るだけです。
UAE (Dubai)は受け取りは簡単ですが、Kuwaitは空港で延々と待たされます。
UAEはともかく、Kuwaitは苦労していく割に、見るところがなく、おもしろくないところです。

なお、Kuwait Continental Hotelというところでは、KWD20でVisa取得、朝食、夕食、空港送迎まで含まれていて、お得です。

なお、ASIAからKuwaitへの航空便は意外に少なく、中東間も決して便利ではありません。
私は、DubaiからKuwaitまでBrunei Airを利用しましたが、がらがらでした。


RE:arab

 投稿日 2000年6月13日(火)01時09分 投稿者 管理人

ゆさん
UAE等はツアーで行かれたのですか?ツアーでないのならどうやって行ったか教えて欲しいのですが…。
サウジはジェッダしか行けませんでしたが非常に面白い国でしたよ。また行きたい。バハレーンは確かに面白いものは見つかりませんでしたけど…。
サウジに合法的に行くのは色々と難しいです。飛行機でのトランジットは、空港から出してくれません。陸路トランジットは基本的に車のナンバーが必要ですから、自分のがないとダイレクトで通過する(アンマン−クウェートのような)バスのチケットと次の国のビザが必要です。t
良い方法があれば私も教えて欲しいところですね。


バスも楽しみの一つ+TAX

 投稿日 2000年6月9日(金)00時11分 投稿者 管理人

 旅行のスピードは遅ければ遅いほうが、見えるものが増えてくると考えています。ですから時間があり、陸路があるなら、私は基本的に飛びません。飛行機の方が安ければ考えますけど。
 ちなみにYVUSA運賃は往復チケット所持者にのみ適用です。抜け道はありますけど。(私は在職中は国際線航空券に関するプロでした。)
 米国の航空券に含まれるTAXは空港税ではなく、税関使用料などです。残念ながらトランジットであろうと毎回必要です。おまけにアメリカはトランジットでも入国義務があり、あの行列をさせられます。
 国によりますが、多くの国ではトランジットの場合は税を免除してくれます。韓国は何時間か忘れましたが、かなり短いトランジットの場合のみ免除です。ただし、入国しなければ何時間でも大丈夫。入国するとトランジット免除の手続きは面倒です。黙っていれば1時間の乗り継Uャでも空港税を請求されます(した)。
 まあ税金はそれぞれの国が勝手に決めてますから、嫌ですよね。旅行代理店の人間もあまり知らないし、いい加減な事を言うので信用してはいけません。


北米横断旅行

 投稿日 2000年6月8日(木)10時45分 投稿者 オデッセイ

北米駆け足横断
さすがに世界制覇をされてるだけ有って記述に無駄がありませんね。旅行というのはちゃらちゃらした気分では決して駄目で、頭と体力と危機管理能力が必要なのを松本さんは書いていらっしゃる。ただバスで横断というのは付いていけません。yvsaとか外国人のための安いエア−チtケットがあるからです。英語の能力は決してアメリカで修得するのでなく、日本できっちりと勉強すべきと言うのが私の持論です。切符の手配なんかも日本でできることならすまして行くべきだと思います。日本の情報通信のインフラ整備はすばらしくたいがいのことは済ませられまtす。英語の苦手な人には現地であれこれやると、時間と金と体力の無駄になります。アメリカの食事は確かにお粗末ですね。アメリカを旅行すると肉がイヤになり、魚が恋しくなります。魚レストランは高級店で財布が持ちません。すしだってマグロ、タイ、ハマチの新鮮なのがなくtおかしなイカ、ボイルエビ、サラダ巻きしかなく見るのも気分が悪くなります。アメリカ人は共稼ぎが多く女の人は料理をしないんじゃないですか。アメリカ人には包丁の技という情報がインプットされてないです。ぶった切り、ちぎるということしか知らないのです。日本料理に必t要なかつらむき、賽の目、針千本、千切り、拍子木切りなんてデモすればびっくりして死ぬんじゃないでしょうか。私は料理が好きでキッチンはいつもぴかぴか、鍋は最高級品を使ってます。いい料理にはいい設備が必須だからです。アジの南蛮、揚げ出し豆腐、鰯のショウガ煮、ひtじきと油揚げの煮物、蟹風味のすけそうだらのサラダなんて得意技です。日本料理ほどおいしい料理はありますまい。

アメリカ空港税の不思議
今年の夏にアメリカ経由で中南米に行きます。関空、ソウル、ロス、サンホセ、カラカス、キト、パナマ、ガテマラ、ロス、ソウル、関空のル−トです。空港税は大韓航空に4900円、グル−ポタカに41ドル支払わねばなりません。代理店はこれはいづれもアメリカの空港税といtう。何で2回も払わねばならないのかと聞くと航空会社から請求されているからお客さんに請求しているのだという。大韓航空に直接聞くと日本からの出発便はアメリカに入国しようと通過であろうと空港税はいる、このことは代理店にちゃんと説明してある。それならソウルでの通t過は空港税はいるのかと聞くといらないと言う。規則だからという。もう一度代理店に聞くとちゃんと説明できないが2回払っていただきますと言う。グル−ポタカ側の問題かも知らないから直接聞かれたらと言う。代理店も大韓航空も自分のことばかり言ってちっともお客の立場にt立っていない。グル−ポタカにも聞くが同じ返事だろう。ほんとうに2回も空港税を払わねばならないのだろうか。松本さんお知恵を貸して下さい。


190ヶ国一口メモ

 投稿日 2000年5月26日(金)13時50分 投稿者 オデッセイ

190カ国1口メモはなかなか含蓄がありますね。私は海外旅行数十年をやっていますが、訪問国数では松本さんとは月とすっぽんの開きがあります。
そこで私の一口コメントを。
アジアの3国、シンガポ−ル、マレ−シア、タイは初心者の頃は暇を見つけて行ってました。ところが英語、日本語で何でも用が足せ、円の力が絶大で、日本の経済力を誇示でき、なんだか日本国内旅行の延長線にあるような気がします。はっきり言って飽きてしまったというのが実t状です。今や私にとっては単なる通過国に過ぎません。というのはヨ−ロッパ、中近東、アフリカ方面へダイレクトに行くより経由した方が安い航空券が入ります。イラン、モ−リシャス航空との共同運行便なんかも利用可能で便利なのです。チャンギ、新マレシ−ア、ドムアンは行tくたびに立派になり、空港に対する政府の意気込みがひしひしと伝わってきます。成田、関空もうかうかしてられません。多くの世界の有名な空港へは行ったつもりですが、成田ほどアクセス運賃が高く、不便な空港はありません。日本政府の最大の失政の結果でしょう。

さて松本さんの未訪問都市ついての私の見解を。
イラン
  パキスタン、トルコを含めた3国制覇をねらいましたが時間がなく1国集中になりました。ビザ代に2万5千円もとられ悔しい思いをしました。イラン国内便は驚異的に安くリビア並でしょう。オイルパワ−の威力絶大です。イラン航空以外にも航空会社があり代理店はこのことをよtく知りません。イラン航空に直接聞き、代理店に切符を取らせるのが最上の策です。
シラ−ズ、ハマダン、ヤズド、ケルマン、マシュハドなんか見ましたがそれなりにおもしろかったです。ホテル、バスが驚異的に安く日本国内旅行があほらしくなります。アルコ−ルがなくつらいですが、カバブなんか結構おいしく私としては楽しかったです。ペルシャ文字とアラビtア文字が似ており、アラビア語を勉強した私は意外と快適でした。リビアもアラビア語ですが、アンミ−アという北アフリカ方言を使用しており、フスハという正則語ではないようです。松本さんはこの事に関してどう思われましたか。

ロシア
クレムリンはいかれましたか。多分書き忘れていらっしゃるのだと思います。赤の広場の隣ですから。西アフリカの報告の中で詳細に書くつもりです。ドルの威力をまざまざと認識させてくれました。

インド
ボンベイ、マドラス、デリ−、トリバンドラムを私はインドエアパスを使って回りました。アルコ−ルをホテルの一角で隠れるようにして飲んだのを鮮明に思い出します。デリ−のコンノ−ト広場で悪い靴屋に泥を引っかけられて法外な靴修理代をぼったくられました。私って仏様のtような顔をしてるのでしょうね。人相の悪くなる方法を教えて下さい。

インドネシア
ジャカルタ、バンドン、スラバヤなんて見るところがなくて。タマンミニ、アジアアフリカ会議会場くらいしか印象がありません。

マレ−シア
サンダカンのオランウ−タン園は西洋人なんか来ててツ−リストスポットとして定着してるようです。ただ足の便が悪く飛行場まで白タクを交渉しました。ラブアンは自由港、ミリは中国人の町だったように思います。ランカウイ島はリゾ−トのためにだけ有るような所で1日で飽きtてしまいます。

ブルネイ
ラブアンからのフェリ−が揺れに揺れてみんながゲ−ゲ−して、あっというまにバンダリセリベガワンに着いて、宮殿をバスから見てオイルタンクを見てセリア経由でミリに駆け抜けた記憶しか有りません。

ラオス
ウドンタ−ニ飛行場からリムジンバスでノンカイに行き、フレンドシップブリッジを渡りビエンチャンに行きました。ビザが50ドルでこの国にしてはえらい額でした。全く面識もない行きずりの日本人の商社の事務所に泊めてもらいました。エジプトからの帰りでしたので超疲れてtいました。

ベトナム
ダナン、ハノイ、ハロンへは列車、バス、飛行機を使っていきました。この国もビザさえとれれば快適に旅行できます。ホ−なんてタイら−麺なんかよりずっとおいしくってお奨めです。


東京から戻りました

 投稿日 2000年5月19日(金)00時49分 投稿者 管理人

 皆さん書きこみありがとう。東京から戻りました。友人の結婚式以外はひたすら「耐えてアフリカ・西アフリカ編」の校正をしてました。完成ですのでぜひ皆さんの読みください。
 ナイジェリアビザ、私は昔チュニスで取りました。アクラアビジャンの間違いで取った友人は特に何も言ってなかったので特別の書類は要らないみたい。30日ビザだったのに、入国時に7日に減らされたそうですが、問題無くラゴスに入ったとUフメールが先週来てました。
 ラフーさん、すごいHPですよね。私がパソコンを入手する前に見せてもらったことあったんですが、アドレス知らなかったこともありそれっきりでした。喜んでリンクさせていただきます。ラフーってラフー族から取ってるんですよね。大理は全然変っててがっかりした記憶がtあるんですが、今も行きつづけてる方は変化をどう思ってるのでしょう?
 イタリアからマルタ〜リビアは損ですよ。マルタからリビアの船がリビアからの船の5倍くらいの値段でしたから。そのうち是正されるとは思いますが。イタリアからならチュニジア経由の方が良いと思います。
 エチオピアからリビア陸路は運次第。ビザをどうするかと良く閉まるスーダンと周りの国の国境次第だとおもいます。94年に友人はリビア−エジプト−スーダン−エリトリア−エチオピアと旅しました。


ナイジェリア

 投稿日 2000年5月18日(木)06時59分 投稿者 石田昌隆

初めまして。共感できる記述や参考になる記述が多いHPです。ぼくは今のところ23年がかりで40数カ国です。

ぼくがナイジェリアに行ったのは、94年から95年にかけての年末年始に3週間ですが、そのときは、東京でヴィザを取ったわけですが、やはり1日あたり200ドルのサイン入りT/Cの提出が求められました。ただ、現地に知人がいる人は招待状があればT/Cの提出は必要ありません》B最近は在日ナイジェリア人も多いので、うまく誰かと知り合って、招待状を手に入れ、東京でヴィザを取るというのが、一番楽かも。ちなみに当時、公定レートでは1ドル22ナイラでしたが、闇両替の相場は1ドル80ナイラでした。つまり、ナイジェリアにはドル・キャッシュを持っUトいかなければならないのですが、警察などにドル・キャッシュが見つけられると面倒なことになるので、注意して下さい。

というわけで、ついでに宣伝です。このときのナイジェリア旅行の話を含む『黒いグルーヴ』(青弓社1600円)という本を去年出版しました。今年の『旅行人』2月号の「99年のベスト旅行記3選」にふたりのかたが選んでくれています。大きめの本屋には置かれているので、見かけたtらパラって見て下さい。では!


西アフリカ旅行8

 投稿日 2000年5月17日(水)11時04分 投稿者 オデッセイ

この掲示板にも書き込みがありましたが、ナイジェリアのビザは難関です。今回の西アフリカ旅行にナイジェリアを入れなかったのは治安のこととビザの件なのです。
東京の大使館では航空券の現物、1日当たりの200ドルのサイン入りのトラベラ−チェックを義務づけています。しかも郵便申請は駄目。ダブルビザも可能ですが2000ドルくらいのチェックを求められるかも。
旅行代理店は1万円の手数料でやってくれますが、提出書類は同じ。アフリカの国ではナイジェリア大使館が設置されていますが、もっぱらレジデントが対象で外国人は難しいようです。
松本さんはどこでナイジェリアのビザを取られましたか。所要日数、提出書類なんか教えて下さると助かります。ド−アラ、アクラなんかも可能だとのこと、詳しい情報をお願いします。
またどなたかナイジェリアビザを取得された方がおられましたらお教え下さい。

12月22日
外に出るとタクシ−と声がある。4000セ−ファの外人料金で決まっているようだ。外は冷える。しばらくたき火にあたる。ぼろ車をみんなが押してやっとエンジンがかかる。彼等は空港職員だ。4000セ−ファはアルバイトだ。セバレの3差路を右折して5分ほど走り左折すれtば地道で空港だ。早朝なのに金持ちマリ人、外国人が20人ばかり。スチュワ−デスは昨日の褐色美人。待合室でたばこをすぱすぱやっている。バマコへは定刻到着。タクシ−は6000セ−ファとふっかける。そうはいかぬ。歩いていってもいいという態度を見せると4000セ−tファになる。昨日疲れ切っているので横になりたい。空港からの路は1直線、途中国道と合流する。ニジェ−ル川をわたるとダウンタウンにはいる。11時だったがレバノンミッションの小僧が12000セ−ファを払うとチェックインさせてくれる。昼過ぎになりやすい飯屋を探しtたい。西洋人が寝転がっており聞いてみる。彼等は金がないから知っているはず。大通りを超えたテラスのある樹下のグルメというアフリカ料理店を教えてもらう。このお店は期待を裏切らず5回ぐらい通うことになる。少し元気が出てきた。国立博物館に向かう。バマコの町は簡単tだ。カテドラルを右に観てノ−ベルフロンティアという有名なフランス系の旅行代理店を過ぎると商工センタ−にいたり鉄道を横断すればバマコ大学が見えてくる。ギニア大使館なんかが見える。博物館は工芸品を中心とした展示品が多い。ドゴンの家、生活用品が要領よく並べてあtる。フランス語の説明ばかりで英語がない。小学生が来ていてシノワという。彼等にとっては東洋人はみんなシノワなのだ。バマコ大学を帰途再び通る。法律、理学、経済学がある。フランス語で書いてあるが英語とよく似ている。グランドホテルで休憩。ドゴンへ行くと言っていたt日本人が泊まっていたホテル。60ドルのホテルだ。1番安い飲み物はスプライト、それでも800セ−ファだ。ピ−ナッツと氷をくれる。床屋、宝石店、旅行代理店なんかがある。ノ−ベルフロンティアが店を出している。バマコ、パリの往復が260000セ−ファ、5万円弱、t成田、バンコックの距離と考えればそんなものだ。バマコは日中はさすがに暑い。木陰を歩かないとめまいする。朝は結構冷える。ダカ−ルでもそうだった。乾期なのだろう。鉄道をわたるとマルシェだ。日用品が多いが自動車、自転車のパ−ツ店もある。歩道に店がはみ出しているtので歩きにくい。アフリカのマルシェはいつもこうだ。絶対に人にぶつからないこと。スリに気をつけるのだ。ア−トセンタにつく。鍛冶や、彫金やが多い。貴金属店が店を並べている。奥はグランドモスク、お祈りの時間らしくメッカの方に向いてひざまずいている。大通りには右t折すればよく30分歩いてルムンバ広場に出る。これでバマコの町歩きは終わり。明日1日暇なのでセグ−にいってみたい。ガ−ルルティエ−ルはニジェ−ル川をわたって6kmさきにある。タクシ−なんて嫌だ。中型のタババスが100セ−ファでいってくれる。車内は満員。スリtに気をつけよう。20分ほどでタ−ミナルに着く。いろんなバス会社がある。奥行きが広い。ミニバスも出ている。フランス語しか話さないので細かいことが聞けない。モプティ、ガオ、シカソなんかがメ−ンでアビジャン、ワガドグ、ボボディラッソまで走らせている。運賃はわかtるが肝心の発車時刻がわからないのだ。アフリカのバスはSTCなんかをのぞいて満員にならないと発車しない。ボボくらいなら我慢できるがアビジャンなんて言ったら何時間係るかわからん。ダカ−ル、バマコでも50時間係っているのだ。陸路の長距離で困るのはトイレ、洗面、食師磨A睡眠だ。やはりお金は係っても飛行機になってしまう。アフリカの国際線は値打ちがある。日本の3分の1くらいの値段だ。ガ−ルルティエ−ルからの足はミニバスだ。アンバサダ−ドフランスと言っておけばつけてくれる。TAMに寄ってみる。ここの女性は頭が切れ完璧な英語をt話す。
私  タクシ−が高くて空港へ4000セ−ファを払う気がしない。
彼女 日本人なんだろ。空港へはタクシ−しかないよ。運ちゃんもぼらないからどんどん乗ってやれ。
私  ガ−ナの後ト−ゴにいく。ロンプラによると国境でビザが取れるとある、確認してくれ。
彼女 へいジョ−ジ、現地語で不明  アフラオが国境だからト−ゴに入った時点でビザ申請すればよい。ロンプラを見てふんふん。私の言うた通りね。私もジョ−ジもロンプラも結論は同じ。
ホテルに帰り晩飯を食いに外に出る。レストランを替えてみる。フランス人経営の店だ。バマコのレストランは悪くない。たらふく食って3800セ−ファ、パンの新しいのをくれる。


はじめまして

 投稿日 2000年5月3日(水)19時23分 投稿者 山田英治

現在西アフリカ旅行中の山田と申します。アキさんからすでにお名前は聞いていたのですがワガードーグーでメールアドレスーを聞かないまま別れてしまったのですがたまたまここで(Lome)HPを見つけました。
最近の西アフリカはアメリカドルが有利なようです。ダカール、アビジャンのシティーバンクではTCが手数料無しでよいレートで替えられます。ギニアにいたってはドルの方がフランよりレートがよかったです。 ガーナはもちろんドルが有利です。但しよく探せばセーファーでもわりとよいレートでかえられました。これからベナン、ニジェール、ナイジェリア、カメルーン、赤道ギニア、サントメ、ガボン、を考えています。
ガボンかサントメ、ポントノワールあたりからハラレかヨハネスあたりに飛ぼうかなと考えています。このあたりはどこも役人が腐っているようですが順位をつけると腐っている順にどんな感じですか。ほんらいは チャドからスーダンに抜けたかったのですがこの前マリの暑さを体験してもう良いや、という気分に待っています。時期が悪いです。セントラルは情報がなくてこまっています。こういう質問は困ると思いますが、 気に入ったところ気をつけなくてはいけないことなど何か気がついたことで構わないので教えていただけませんか。
今回は日本語IMEのダウンロードに成功したので漢字かな混じりですがこれからはローマ字になります。読みづらいですがお許しください。できれば私のメールアドレスに直接送っていただけると有り難いのですが。
よろしくお願いします


西アフリカ報告7

 投稿日 2000年5月2日(火)16時38分 投稿者 オデッセイ

ビザの件解答お礼申し上げます。金のない急ぎの旅行者には頭の痛いことです。旅行代理店と大使館は結託している疑いがあるようです。途上国への観光にはさけて通れない関門です。
中南米への持ち込み外貨についてご高説を伺いたいと思います。西アフリカ旅行のときにもだいぶ悩みました。フランでないと駄目だという人が多かったのです。ところが日本でのコミッションはべらぼうであほらしくて両替なんてできません。私の長い旅行経験からドルの使えないt国はないとかたく信じています。結局キャッシュとトラベラ−チェックで何も問題はなかったです。
チリとアルゼンチンではドルからペソは問題なし。今回の中南米の国へもドルを持っていきます。トラベラ−チェックを持っていきますが少々のキャッシュも用意します。小さな両替所、空港税、ツ−リストカ−ドの購入にはキャッシュでないと駄目だと思います。松本さんの経験かtらどういう場合にキャッシュでないと駄目だと言われましたか。ご教授頂くと助かります。

12月21日
空港へはタクシ−しかない。真っ暗な中を4000セ−ファで到着。6時だというのに空港ロビに外人客が大勢いる。日本人がもう1人いる。グランドホテルに泊まっている。いいホテルだ。7時発はオ−バ−ブッキングで後続を出すという。結局10時に出発。ニジェ−ル川が蛇のtように大地をのたうち回っている。絶景かな。スチュワ−デスは褐色の肌のゴムマリのような体の美人、生唾が出る。大きな肉を挟んだコッペパンが1つ出る。瞬く間に食う。余ったらしくコ−ラとパンをもう1つ。更にパンをもう1つ。お肉たっぷりのパンをたらふく食って大満足t。モプティ空港は豚小屋だ。帰りの便は明日の15時だ。リコンファ−ムすると9時になっている。オ−バ−ブッキングと言いエア−マリはどうなっているんだ。モプティから市内へタクシ−が着くとガイドが蠅のように寄ってきて思考回路を閉鎖してしまう。彼等の作戦なのだろうt。あらゆる手練手管を用いて金を巻き上げようとの魂胆だ。ドゴンを聞くと1泊2日で3万円、ジェンネ日帰りで3万円という。なめとるのとちゃうか。いっぺんにモプティが嫌いになった。ポリスに行きスタンプをもらう。1000セ−ファ、どこまで金をむしり取ったら気が済むtのだ。結局ジェンネ往復50000セ−ファで決着。しかも前払いだという。嫌な気分。悲しいかな時間のないサラリ−マンはじっくり交渉できない。もうお金は払わないと言い続けて1時間、英語もフランス語もわからない運転手と2人だけで出発。運転手またがたがた言いだしてt2500セ−ファをむしり取られる。何という汚い奴。運ちゃんの運転技術はさすが。ア−チを出るとセバレに向かって一直線,3差路をそのまま進むとバンジアガラ、右折する。バマコへの路だ。左折すると空港だ。1時間ほど行き右折する。いよいよジェンネへの一直線だ。のんtびりした村をいくつも過ぎる。橋を渡る。言葉を交わさないのは寂しい。2時間走った。ワゴン車とカ−チェイスになった。抜きつ抜かれ川に着いた。ニジェ−ル川だ。ワゴン車から英語を話す男が嫌に優しい。写真を見せジェンネを案内するという。またたかりだ。断りつつけて2t000セ−ファむしり取られた。もうマリは否モプティは嫌だ。川の向こうのジェンネは子供ガイドがぎっしりで彼が行かなければふっかけられると言う。ガイドがいるかどうかしらない。運ちゃんはジェンネなんて知らないという。わしは運転するだけという。こいつら共謀していtる。マリのガイドは完全に腐りきっている。ゆったりとしたニジェ−ル川を車でわたる気分は最高だ。シルトを含んでいるのできれいではないが汚染されてはいない。水辺に遊ぶ子供、じっと動かない老人、頭に生活用品を載せて歩く女性、ニジェ−ル川の姿とぴったりマッチする。t船の速度はこの上なく遅い。マリに来て良かった。ジェンネまでは嫌なことばっかりだが今は至福の極みだ。川を渡ると大嫌いなガイドと一緒だ。ス−ダン様式のモスクはあっけなく着いた。月曜市の翌日はゴミだらけだ。子供たちがサッカ−に興じている。何でこんなもんが観光名t所なんだ。つまらない名所を確認するのも観光旅行だ。ジェンネに来てなかったら後悔するだろう。女ばっかりの市場に行く。マリの女性は美しい。ど派手なプリント模様のコスチュ−ムとスカ−フのコントラストが実にすばらしい。彫りの深い顔とすらりとしたからだにぴったりだt。日本ではとても着れない衣装だ。ニジェ−ル川で取れた鯉なんかを売っている。蠅がぶんぶんたかっていかにもおいしそうだ。マリの人々は正直だ。決して金銭をごまかさない。悪いのは観光客にたかるガイドだ。女たちは日本人にはめもくれず粛々と商売に励んでいる。たかりガtイドめ2000セ−ファをひったくると消えやがった。運ちゃんと共にニジェ−ル川に引き返す。夕日が川面に映えて真っ赤だ。人々のシルエットが川に写る。きらきら光る水面、音のない船。日本にも昔はこのような風景があったのに。静止しているように見えるニジェ−ル川もさtすがは大河。力強い。船はまず上流に向かって進み下流へ流されてぴたりと着岸する。ほれぼれする船長の腕前だ。下船するときになって船長ががたがた言い始めた。何を言ってるかはわからない。おそらく日が暮れたので割り増しを請求しているのだ。運転手と長々とやっている。tとばっちりがこっちに来てはかなわない。船長は鉄板を決して下げず車が降りるのを阻止している。ええ加減にせんかいマリ野郎。渋々鉄板を下げて無事着岸。真っ暗な道を運ちゃんとモプティへ。蛍が飛び交って美しい。こんな所で運ちゃん又はギャングにやられたら一巻の終わりtだ。死体も出ないし何も証拠は残らない。女の人には絶対勧めない。小さな村を過ぎる。夕食の火が見える。電気はない。彼等が車を止めて殺人を犯してもこちらの泣き寝入り。しばらくしてバマコからの路と合流。やっと民家にも電気がともるようになる。セバレにはいると左折すtる。勝手知ったる道だ。ア−チをくぐるとカンプマン。20時着。カンプマン最高の部屋が13500セ−ファ。レストランでス−プ、ビ−ル、肉料理を食って4000セ−ファ。貧乏人のフランス人が庭でテントを張って寝ている。蚊に食われたらどうするのだ。真っ暗なカンプマtンにはさすがのガイドもいない。平和なひととき。モプティの夜は冷える。早朝からいろいろなことがありすぎだ。蚊帳つきベッドで寝る。


RE:ATM

 投稿日 2000年4月28日(金)08時46分 投稿者 管理人

 私が最後の行った97年で既にエジプトとヨルダンは使えました。当時、シリアとレバノンはダメでした。と言うよりブラックマーケットがあったので問題外。チュニジアは今年行ったけど使えます。モロッコは知らないよ。


中近東のATMについて

 投稿日 2000年4月28日(金)01時46分 投稿者 中近東

はじめまして!皆様にお聞きしたい事があるのですが、
レバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、チュニジア、モロッコ
でのATM(シティバンク等)の利用が可能かどうか知りたいのです。
使えたよ!やはり使えなかった。など、なんでも結構ですので
ぜひ、情報をお願い致します。


中南米のビザ

 投稿日 2000年4月24日(月)22時22分 投稿者 管理人

オデッセイさんへ
 私はすべて直前の国でビザを取りました。ニカラグアはテグシガルパで問題なくその場で取得。パナマはサンホセで翌日ピックアップ、出国チケットが必要。ヴェネズエラはボアビスタ(ブラジル)でその場で貰いました。ヴェネズエラに関しては、飛行機で入るならチェックインtのときにツーリストカードが貰えるという話でした。
ターシュさんへ
 コンゴ民主共和国は入れない事はないようです。今西アフリカにいる知人が、数ヶ月後に突っ込む予定。結果が分かればまた書きます。


西アフリカ報告6

 投稿日 2000年4月24日(月)16時02分 投稿者 オデッセイ

松本さんは92年に中南米に行かれています。ビザの件についてお伺いしたいのです。ニカラグア、パナマ、ベネズエラはビザがいります。
いろんな人の旅行記を読んで私が得た見解は次の通りです。ニカラグア、パナマは陸路の場合、国境でツ−リストカ−ドを購入、空路の場合到着空港又はチェックインの際にツ−リストカ−ドを購入、ベネズエラは陸路の場合は東京の大使館でツ−リストカ−ドを郵便取得、空路の場t合はチェックインの際にツ−リストカ−ドを購入する。と言うことです。

松本さんはどのような経路でこれらの国に入国され、どのような方法でビザ又はツ−リストカ−ドを取得されましたか。

12月20日
真夜中を過ぎたので日はかわっている。バマコには着いていない。変な時刻に着いたら面倒だ。駅には盗賊がいるそうだ。どんどん遅れろ。バマコ発の列車とすれ違い2時間の停車。脱線したところにさしかかる。保線員が声をかけている。のろのろと走り続けて最初の大きな町カイtエスを過ぎる。少し家が見えたきた。キタ、カティと書いている。バマコまで25kmだ。汚い終着駅到着は12時。所要時間50時間、実に立派な延着だ。これだけ遅れると涙が出てくる。バマコの町はぼろ車、バイクの洪水だ。埃と騒音で頭がおかしくなる。タクシ−の雲助をけt散らかして大通りに出る。バマコの町は簡単だ。町1番の大通りケイタ通りに出さえすればよい。カテドラル、ルムンバ広場、フランス大使館を過ぎる。旅行会社TAMは信用ある代理店。4階にコ−トジボア−ル大使館がある。ロンプラお奨めの代理店だ。マリに着いたらモプティに衡sきドゴン、ジェンネを観なくてはならない。エア−マリの往復で90000セ−ファ、バマコ、アクラ間のガ−ナ航空が110000セ−ファ合計200000セ−ファを支払う。モプティ行きは明日の7時、ガ−ナ行きは24日16時だ。フランス大使館の対応の悪さに頭に来てU「るのでコ−トジボア−ル、ブルキナは行かない。バマコのホテルはレバノンミッション12000セ−ファでものすごく汚い。列車で一緒だったヨ−ロッパ人が来ている。疲れたのでレストランに行きビ−ルを飲んで就寝。5600セ−ファの支払い。バマコの町は夜は真っ暗で治tタを心配したが怖がっていては飯を食えないので外に出る。屋台なんかが営業しており強盗なんかなさそう。以後夜中に何回もうろつくことになる。


『耐えてアフリカ』読み終わりました。

 投稿日 2000年4月20日(木)23時27分 投稿者 ターシュ

どうも、こんにちは。先日書き込みました、ターシュです。
つい昨日、『耐えてアフリカ』を読み終わりました。随分厚い本なので、結構思ったより時間が掛かりました。
感想は…、「まさに、耐えている」というのがビシビシ伝わってくる臨場感あふれるものだった、です。アルジェリア(サハラ砂漠)や、コンゴは現在入国できないとの事。この本を読んで、行きたくなってただけに、残念です。自分も、アフリカに遅かれ早かれ行くつもりですが、tそれまでに何らかの平和的解決が果たされればいいのですが…。
ともかく、『耐えてアフリカ'96』の出版が楽しみです。頑張ってください。
それでは、失礼します。


西アフリカ報告5

 投稿日 2000年4月19日(水)14時26分 投稿者 オデッセイ

Q&Aのコ−ナは充実していますね。勘所をきちんと押さえていらっしゃる。
私はこの夏中南米に行くつもりで、松本さんからアドバイスを頂き助かります。日本からのアクセスはアメリカン、ユナイテッドが乗り入れています。アメリカンはほとんどの首都に行きますがダラスから直行です。ユナイテッドはガテマラを経由して、サンホセに行く便とマイアミt経由のカラカス行きがあります。値段はどちらも似たようなもので15万円くらい。細かく回るには両社は不合格。
私は大韓航空でロスに行き、グル−ポタカのLatin Airflex Programのパスを使うつもりです。これだとガテマラからキトまで10万円、日本からは16万円かなと思っています。カナイマやガラパゴスを加えるとずいぶんな金額になります。金で片が付くならやむなしと考えていまUキ。

12月19日
車内の便所にすでに水はない。子供から水を詰めたペットボトルを買う。腹をこわそうが気にしない。セネガル人が飲んでいるのに何で飲めないことがあろうか。1本10円ほどだからじゃんじゃん洗面、トイレ、飲用に使う。ミネラルウォ−タだって工場を見たらがっかりする。埃tだらけの虫が浮いているタンクの水を堂々と詰めているのだ。エビアン、ポラリスなんてみんなそうだ。バナナも買おう。もつも売っている。彼らは外国人に絶対勘定をごまかさない。アフリカ人大好き。朝は寒いくらいだが、昼はじりじりと太陽が照りつける。列車は先ほどから5t時間もとまっている。何をしているのかさっぱりわからん。車掌がパスポ−トを集めに来る。国境に近づいたようだ。結局この日は3食車内で食う。3500セ−ファ。夕方キドラに到着。みんな下車してポリスに出向いてパスポ−トを返してもらう。出国スタンプが押してある。こtの時点で食堂は閉店。最後の1食が聞いた。なぜならマリに入ってから飯にはありつけなかったからだ。国境を越えるとマリ警察が来てビザのチェック。列車はマリ最初の駅アンビデジで停車。ポリスのスタンプをもらう。オランダ野郎わかっていないらしくビザチェックがすんだかtらスタンプはいらないと言う。不法入国と見なされ途中検問、出国のときにもめるだけだ。やっとわかったらしくのこのこついてきやがる。車内灯は機関車を入れ替えてるので消えている。車掌が窓を閉めるように注意してくれる。盗難があるからだ。日本だって真っ暗な車内では盗t難に気をつけるように言うではないか。


西アフリカ旅行4

 投稿日 2000年4月18日(火)11時39分 投稿者 オデッセイ

アルゼンチン、チリに旅行したとき、むちゃくちゃなスペイン語を使ってアルゼンチンはバリロ−チェからラキアカまで、チリはアリカからプエルトモンまで回りました。あまりにもお粗末なスペイン語なので気の毒がって英語で説明してくれました。ただ数字だけはきっちり覚えてtおきました。両国には全く英語の説明がなくスペイン語オンリ−の世界でした。唯一バリロ−チェからプエルトモンまでのツア−は、外国人ばっかりで英語の説明がありました。
今回の中南米も何とかなると思っていますが。ちょっとずさんすぎるかも。

ご紹介のエンジェルフォ−ル、ガラパゴスは見逃せませんね。屈指の観光地であるため、値段が高めの設定ですね。安く行く方法を教えて下さい。
ガテマラはティカル、ホンジュラスはコパン、パナマは運河、コロンビアはカルタヘナ、サンアウグスチンと決めてます。コスタリカ、ニカラグアはいまいちわかりません。見所を教えて下さい。

12月18日
汽車に乗る前に腹ごしらえ。昨日のレストランに行く。鶏、ライス、サラダでいつ食ってもうまい。ダカ−ル駅はメンテが悪いのか汚い。通勤客が列車を利用しているようで結構客は多い。朝のラッシュかもしれない。駅前に屋台がありおそらく乗客を相手の商売なのだろう。ミネラtルウォ−タを買う。買い物は列車ですることにする。1等車の中は2人掛けのイスが並んでおり真ん中に肘掛けがある。昨日切符を買うときに見たオランダ人が隣だ。ヨ−ロッパ人がちらほら、後はセネガル人だ。発車間際になって白人夫婦がぎゃあぎゃあほえている。パスポ−ト、tキャッシュを入れたバッグを他人に預け持ち逃げされたというのだ。おそらく帰ってこない。夫婦の旅行はこれでおしまいだ。用心しよう。定刻通り発車。首都の周辺は汚い。掘立小屋が線路に迫っている。ディ−ゼル機関車はスピ−ドを落としている。子供たちが停車する毎に売りtに来る。学校はどうなっているんだろう。年末休みかもしれぬ。バオバブの林が見事だ。ひねくれた形で天に向かって延びている。予定では明日の15時バマコ着だから29時間の旅である。80kmぐらいは出ている。快調だ。景色はやや茶褐色に変わっている。変化が少ない。スtピ−ドが急に遅くなって訳も分からず長いこと停車している。メンテが悪いらしくこんな事はしょっちゅう。食べ物は子供たちが駅に着く毎に売りに来るから適当に買って食べる。水もミネラルウォ−タがなくなり現地調達真水だ。昼、夕食を車内食堂で計2000セ−ファで食べるtが国境に近づく気配がない。予定ではセネガル最後の国境の町キドラにつくはずである。相変わらず長い停車を繰り返している。


西アフリカ旅行3

 投稿日 2000年4月10日(月)17時36分 投稿者 オデッセイ

サラリ−マンが長期休暇を取れるのは、連休、夏休み、年末年始しか有りません。最初は年1回のぺ−スでしたが、この数年は2回になってます。オデッセイは必ず行きよると会社でも家でも認められてます。
アフリカの報告をしていて他の話をするのも変ですが、次の目的地はガテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ベネズエラ、コロンビア、エクアドルで全部回ってやろうと思っています。見所、注意事項など有ればよろしくお願いします。

12月17日
部屋にビデがあり冗談半分で大きいのを大量にやって流そうと思ったら流れない。えらいこっちゃ。ドイツのホテルでは簡単に流れた。パイプを見ると曲がっておりそこで固形物が留まっている。あやうく器から水が溢れそうになる。ホテルに罰金を払う覚悟で黄金水をためたまま駅tに向かう。8時きっかり到着。千客万来かと思いきや誰もいない。間違ったのかとうろうろしていると9時頃からぼつぼつ集まりだした。切符を売る気配が一向にない。客も騒ぎだしだ。10時に発売開始。日本ならどうなるだろう。これがアフリカなのかもしれぬ。1等切符が31t060セ−ファ、これで足と宿が確保された。ブルキナのビザ申請に再びフランス大使館へ、受付カ−ドの時刻がすんでいるらしい。フランス語しか説明がなくとっても不便。フランス本国への申請者ばかりでブルキナなんて誰もいない。フランス大使館でうけつけというのがくせもtの。結局申請せずじまい。ブルキナなんて誰が行ってやるものか。ホテルに帰りとなりのレストランでマッフェと言うセネガル風パエリアを食う。600セ−ファ、フランス人が来ている。彼らは平気で氷を食っている。ホテルで延泊を頼みアエロフロ−トへ。白人の姉ちゃんがいるt。英語が苦手らしく要領を得ない。挙げ句の果てにコトヌ−で再確認をやってもらえと言う。よくわかってないのでチケット裏面のロシア語の説明を突きつけてやる。さすがはわからないとは言えず中に引っ込んだ。しばらくしてコトヌ−、モスクワ、とモスクワ、成田再確認オ−ケt−ですとのこと。いつも思うのだが再確認てなんだろう。オ−ケ−の返事を取れてる変更の利かないfixのチケットをキャンセルでもすると思っているのだろうか。先進国ではとっくにこの制度を廃止しているというのに。ただ後述するように当日になって突然時刻を変更するエア−フ}リなんてでたらめな会社がある限りなくすことはできない。頼りない白人の姉ちゃんとお別れしてプラスに戻るとブルキナの大使館があるではないか。あれほどツ−リストオフィスで聞きまくったのにみんなしらんとぬかしやがった。移転したところらしい。4階に上がってベルを液氓キと今日は大使が帰って来週に来てくれとの返事。冗談じゃない。執務時間は16時までとなっており、今2時なのに。絶対ブルキナには行かない。あんなど田舎の国に何があると言うんだ。サンダカマルシェに向かう。平日なのだがビジネスセンタ−なのだろう、ずいぶん人通りUェ多い。マルシェに近づくに連れて猥雑な雰囲気になる。人とぶつからないようにしよう。スリがねらっているからだ。太鼓、弦楽器、織物等セネガル特有の商品を売っている。ifan museeに行く。プラト−ホテルが見える。コンチネンタルホテルよりも数段格上だ。白人のカップルUェ暇そうに博物館の前で遊んでいる。聞いてみるとストライキをやっていて閉館だという。ロンプラは月曜日が休みと書いてある。大使館といいダカ−ルでは振られっぱなし。ゴレ島、マルシェ、汽車の切符、リコンファ−ム、モハメット5世通り、プラスなんかで一通り目的は達しUス。ラックロ−ズ、アルマディ岬など見所を逃したが不便であり、馬鹿高いタクシ−代を払う気がしない。ホテルに帰るとボ−イが出てきてトイレはビデでしては駄目だよと言われる。ビデはきれいに治っている。罰金も取られなくてほっとする。隣のレストランで鶏のヤッサを食べU驕Bアルコ−ルは出ないが安くてうまい。セネガル人がたくさん来ている。勘定は1000セ−ファ。


西アフリカ旅行2

 投稿日 2000年4月6日(木)14時39分 投稿者 オデッセイ

松本様
コメントありがとうございます。打てば響くとはこのことですね。私も長いこと海外旅行を性懲りもなくやってます。今や旅行代理店とは、オデッセイさんには何のアドバイスもございません、言うとおりさせていただきます、と言う関係になりました。こんな事自慢にはなりませんt、お金さえ出せば誰でも可能なのですから。
海外旅行とは、日常生活からの一時的な完全脱却による精神的リフレッシュの機会、かなと思ったりします。私はもともとけちだから、銀座でホステスにチップを切るくらいなら海外旅行する、海外旅行をするためにはいっさい無駄な出費を排除する、と言うスタイルを持ち続けていtます。英語も勉強せなあかんし、体力もつけておかねばなりません。
人生は一回、体が自由の利く間にお金を有効に使いたいといつも思っています。インタ−ネットの時代になってテンポが速くなってきました。海外発券、ガイドブックなどもネットを通じて取得できます。旅行の世界ほどめまぐるしい分野はありません。マイレ−ジ、安全情報、格安tチケット、保険、予防接種、常備薬、気候、ホテル、食べ物、言葉、入出国、税関などどれ一つ問題があってもスム−スな旅行はできません。スケジュ−ルを考えている内におびただしい数のエアラインコ−ド、空港コ−ド、新しい地名に圧倒されて切れそうになるときもあります。tあれやこれやで海外旅行ほど頭を使う遊びはありますまい。

12月16日
やっとの思いでダカ−ル行きに乗る。日本から一緒の女の子が隣だ。彼女頭の回転が速く会話がぽんぽん進む。尼崎出身で専門学校に学び音楽の勉強にセネガルに行くという。セネガルは太鼓と踊りが有名だ。ジャマイカのレゲエにも通じているんだそうな。帰りはギニアによって2t月になると言う。立派な心がけ。IL6 はエアバスよりも小さいがなかなかの乗り心地。食事が2回出る。アフリカ大陸を横断するから10時間ほどの飛行時間である。サハラ砂漠を眼下に見ると感激する。モ−リタニアに入ったようだ。赤い砂漠が何とも言えない。海が見えてきた。t大西洋である。岬をいくつも飛び越えて緑が増えてきて、建物が見えたら降下する。ダカ−ルヨホ空港である。熱帯の太陽がまぶしい。入国カ−ドは機内で配られず審査場で書く。フランス語と英語併用なので助かる。入国スタンプを押してもらいタ−ミナルビルへ。運ちゃんが客引tきをやっている。銀行へ。USのトラベラ−チェックをセ−ファ−フランに替える。1ドル630セ−ファ決して悪くない。コミッションも取らない。280ドル替えて念のために数えてみる。100ドル分足りない。その旨をつけると63000セ−ファを返してくれた。ごまかそうtとの魂胆なのだ。用心用心。もう一度数えて貴重品ベルトへ格納。タクシ−は市内まで3600セ−ファ、ロンプラの言うとおりである。空港は海沿いにあり、岬を何回も通過してマルシェをみて日本大使館を通りプラス、いわゆる独立広場、からフランス大使館へ。ブルキナのビザt獲得のためだ。閉館時間を過ぎており中に入れない。アエロフロ−トのオフィスへ再確認に行く。見知らぬ土地での歩きは大変だ。英語が使えない。アエロフロ−トは明かりがついてない。juddiはferme、詰まり木曜日は休みという意味だ。どっと疲れる。大使館もアエロフロ−トもt空振りだ。もう腹が立ってきた。プラスからロンプラお奨めのコンチネンタルホテルに向かう。フランス語で聞くのは辛い。やっとの思いで着いたフロントは英語が使える。当たり前だ。フランス人だけ相手にしてたら商売にならん。12000セ−ファでシングルベッド、洗面所、tシャワ−、エアコンこれで充分だ。ゴレ島に向かう。フェリ−は頻繁に出ており往復3000セ−ファ20分で着く。女性博物館と奴隷の館を観る。白人による黒人いじめの館だ。1階が奴隷の収容所、刑務所よりもひどい、海に向かって奴隷の搬出口がある。西アフリカではアラブt人との間で昔から奴隷貿易があったらしいが、いずれも規模が小さかった。白人が来てからものすごい規模になり2000万人くらいが新大陸に連れ去られたんだそうな。西洋人の団体が見学に来ている、セネガル人も来ている。日本人が思うほど怨念がなくあっけらかんとしているtように思える。船着き場の近くにマルシェがあり雑貨品を売っている。遅い昼飯を海に面したレストランで食う。ゴレ島はセネガルの屈指の観光地、手抜きの料理が出てくるのかなと心配通り味が良くない。魚のヤッサを注文した。魚の塩焼き、タマネギの煮込み、いずれも塩辛いのtだ。casterのビ−ルだけはうまかった。2本飲んでしまう。サラダもまあまあ。これで勘定は4000セ−ファ、少し高いのかも。モスクワで一睡もしないでこれだけ動いたのでもう寝たい。ロンプラによるとバマコ行きの国際列車は明後日の土曜日発で切符は明日発売とのこと。念tのためにダカ−ル駅に行ってみる。  vendredi 8時発売、somedi 10時発とある。くだものを買いミネラルウオ−タ−を飲んで就寝。


ありがとうございます

 投稿日 2000年4月5日(水)21時17分 投稿者 管理人

 オデッセイさん、長い書きこみありがとうございます。 モスクワで外に出なかった理由はビザ代が高く、飛行機がディレイなんかしたら 馬鹿らしいと思ったまでです。1泊以上の接続だと空港でホテル付きトランジット ビザがとれるそうですが、昼間だと事前取得の必要があった。これが面倒でした。
 あと真冬に行かれた方に言うのもなんですが、寒いのはちょっと…、以前行った ときは9月で雪。10月は吹雪でしたから。防寒具をモスクワのためだけに持って 行きたくはありませんもの。初めてなら入国したと思います。

 費用については金が今は無いの一言ですね。私もサラリーマン時代は時は金なり とばかり使いましたが、今は時間があるが金が無い状態です。
 西アフリカのガイドブックに関しては同感です。ロンプラも10年以上前に閉鎖 した大使館を平気で書いたりしてますけどね。旅行人は東と南は使用に耐えますが 西はあまりにお粗末。
 西アフリカのビザ情報などインターネットを探しても無く困りますよね。ホーム ページに入れることも考えていますが、自分の経験はどんどん古くなるし変ってし まうことが多いのでペンディングです。

 この先、報告2、3と続く事を期待致します。よろしく。


西アフリカ報告1

 投稿日 2000年4月5日(水)11時49分 投稿者 オデッセイ

松本様
2月にわたる旅行ご苦労様です。日程もさることながら費用が途方もなく少ないですね。国内旅行より安いではないですか。私はサラリ−マンですから松本様のようなスタイルでは旅行できません。もう少し日程を少なく、費用を多くと言うことでしょうか。
モスクワで14時間も閉じこめられたとのことですが、市内へは行かれなかったのですか。それともすでに行っているからおやめになったと言うことでしょうか。2ヶ月の旅行の後で荷物を担いでモスクワの町を歩くのもしんどいですね。
外国旅行をしていつも思うのですがビザの取得の煩わしさです。大使館は仕事をする気がないのか融通を利かすと言うことがみじんもありません。ビザをあげるという態度が見え見えです。規制緩和が必要なのは彼等ではないでしょうか。
文句の程はさておき去年年末に西アフリカに行って来ましたので報告をさせていただきます。何なりとご意見を下さい。
クロスボ−ダ−ズツア−インウエストアフリカプラスロシア

1999年12月15日−2000年1月3日

          思った以上に西アフリカは寒く、ロシアは暖かかった。

西アフリカ諸国は南部、北部、東部アフリカと違って日本からは不便で航空運賃も高いと考えられており、ツア−なんてほとんどない。ヨ−ロッパからは近くエア−フランス、エア−アフリカが毎日運行している。ヨ−ロッパ経由は運賃が高い。唯一日本からは庶民の味方アエロフロt−トを利用することになる。週一便で不便であるがビザさえ取れればロシア観光もただで可能なおいしい路線である。ロシアは地球の歩き方が役に立つが、西アフリカは英文のロンプラを頼るしかない。旅行人を利用する方法もあるが具体性に乏しく高度なテクニックを駆使するベテtラン旅行者には物足らない。日本人がホ−ムペ−ジで西アフリカを紹介しているが、彼らは力不足で内容は読者を満足させることは出来ない。経験の差というか他人に任せてると言うか語学力がお粗末というか相当の頭の切れそうな作者でも不十分な内容である。断片的で暇に任せてtうろついているだけでとても忙しいサラリ−マンが引用できる代物ではない。馬鹿高い旅費を使ったり、やたらと時間をかけたり、アフリカの旅行で一番大切なビザの記述があやふやであったり、一国しか回らなかったりと言った内容であるからだ。筆者はできるだけ多くの国を公共t交通機関を使ってまわることとし、20日間でセネガル、マリ、ガ−ナ、ト−ゴ、ベナン、ロシアを回った。ビザのいらないのはセネガルだけであり、大阪で取得できるのはロシアだけである。コ−トジボア−ル、ブルキナファソは郵送によるビザ申請を認めず、旅行社を通しての馬t鹿だかいビザ申請なんてとても容認できず、現地取得を目指したが結局それもできずこの2国は断念した。在日大使館がある国はサラリ−マンである旅行者は日本でビザを取っておくことを勧める。今回のビザ取得を通じて感じたのはアフリカの諸国が一番官僚的であることだ。東京tの大使館に行ける申請者のみを相手にしそれ以外の申請者には旅行代理店を通さなければならないなんて、本当に仕事をする気があるのか疑いたくなる。大統領に直訴したいくらいだ。ト−ゴ、ベナンは国境でビザ取得できるというロンプラの記述を唯一頼りにした。ロシアのビザはt意外と簡単で郵送もオ−ケだしパスポ−トを預けなくですむ。トランシットビザだとインツ−リストのピンハネがないので一流ホテルで豪華に過ごせる。訪問国の概要を記す。

国名セネガルマリガ−ナト−ゴベナンロシア
面積万19.61242385.911.31707
人口万19001000190040052013400
英語不可不可不可不可不可
公用語仏語仏語英語仏語仏語露語
首都ダカ−ルバマコアクラロメポルトノボモスクワ
通貨セ−ファフラン セディセ−ファフラン ル−ブル
評価不良

1セ−ファフラン 0.17円
1ル−ブル    4円
1セディ     0.04円

12月15日
ロシア航空は成田発である。日航の早割り切符が9600円、8.40分発に乗り損なった。後続の羽田行きは10.45分発で、11.45分着である。成田まで1時間半係る。アエロフロ−トは13時発。最後の望みをタクシ−に託す。タクシ−24000円。こんな高いタクシt−は始めて。祈る気持ちで掲示板を観る。アエロフロ−トの出発が遅れている。14.30分発である。必死の思いでマップツア−のデスクを捜す。搭乗券を受け取り出国手続きを済ますとほとんどエネルギ−が残っていない。ロシア人、アフリカ人がいる。アエロフロ−ト機内は8t割程度の乗客、スチュワ−デスは赤いス−ツの勢揃い。あいにく喫煙席で空気が悪い。10時間の旅行である。ロシア人のたばこ、酒の摂取量は生半可でない。ひっきりなしに煙突のように煙を出す。ウイスキ−ボトルを2本開けてしまった。これでは長生きできまい。エアバス31t0パリ行きは乗り心地がよい。隣の日本人男性が一生懸命英会話の本を読んでいる。あまり暇なのでちょっかいをかける。
私  旅行ですか。
男  そうです。
   モスクワですか。
   はあ?
   モスクワかと聞いたのです。
   そうでありません。
   パリですか。
   はあ?ル−ブルに行くんです。
   パック旅行ですか。
   はあ?パックて何ですか。
こうなったら会話をするのがイヤになる。悪い人間ではないが反応が鈍いのである。週刊誌とか新聞なんかずいぶん見せてもらったんだから。モスクワのシェレメチェボ空港へはほぼ1時間おくれ。接続便SU413便は明朝2.55発で7時間待ちである。日本との時差は6時間。トラフ塔Wットカウンタ−で搭乗券を受け取ると食事券をくれる。レストランで冷えたスパゲッティを食べる。免税店なんか見るが買わない。


バオバブ街道はモロンダバだよ

 投稿日 2000年4月5日(水)00時36分 投稿者 管理人

待井君、君も行ったんじゃないの?あれはモロンダバ。でも他にも色々バオバブの 素晴らしいところはたくさんあったよ。アンチラナナ近辺とかね。

モモちゃんお帰り。行きのフライトは大変だったね。まあ米国をなめちゃいかんと 言う事なのだ。

ところで今回の旅についてのHPのアップは一休みです。あとでマルタの写真を追 加するだけ。マルタの写真はまだ一部カメラの中なので・…。今日法隆寺と飛鳥に 行ってきたが撮り切らなかった。また出かけねば…


一件お願いします。

 投稿日 2000年4月3日(月)17時08分 投稿者 自転車野郎(待井)

忙しい所すみません、
松本さん一件教えて下さい。
マダガスカルのバオバブの木が群生している場所ってどこでしたっけ?
赤茶けた道の両脇にズラリと並んでいる・・・あの有名な景色。
分かります?
地名を教えて頂ければ幸いです。今、ニューヨークにいる自転車野郎が 場所の名前を知りたがっているんです。
と言うことでお願いします。


私も帰国しました

 投稿日 2000年3月31日(金)16時59分 投稿者 太

ご無沙汰してます。 私も数日前キューバから帰国しました。 
キューバ民衆の生活状況は去年と特に変わりありませんでしたが、外国人向け 民宿はかなり増えていて、バックパッカーにとっては若干旅行しやすくなって います。 物価も特に変わりありません。
ロサンゼルス経由で行くつもりだったのですが、メキシコまでのチケットを持 っていたにもかかわらず、入国拒否、一泊監禁後東京に送還され、バンクーバ ー経由でチケットを買いなおしました。 7万円パーです。
 いい経験になり ました。 
帰国後は、27キロの荷物をかついで、成田から札幌まで普通列車とフェリー を乗り継いで帰りました。
 疲れた。

リビアとチュニジアの記事早速よませてもらいました。 なかなかおもしろそ うですね。
 さらなる記事を楽しみにしております。  デワ。


楽しく読ませていただきました

 投稿日 2000年1月6日(木)00時36分 投稿者 太

内容に関してちょっと意見を書かせて頂きます。まず物価の高い国、安い国について ですが、コストパーフォーマンスの観点からもっと掘り下げてみるとおもしろいので はないでしょうか。例えば、いくら物価の安い国でも、安かろう悪かろうじゃ仕方な いし、ほんとに安い国ってのは、いい物やサービスが安く手に入る国ですよね。逆に、 物価は先進国なみのくせしてクオリティーはぜんぜんダメ、って国が真に物価高の国 って言えるでしょう。こういう観点から見てみると、まず物価の安い国として僕が一 番に勧めるのがチェコとスロヴァキアの田舎。レストランにしろ、宿にしろ、レベル は隣国オーストリアとほとんど変わらないのに物価は約3分の1。ビールはうまいし、 かわいいねーちゃんも多いし(教育レベルも高い)、こんな国がこんな値段で旅でき るなんて、ほんとにバーゲンです。逆に、値段ばかり高くて中身が最悪だったのは3 年前のロシア。アルゼンチンも未だに1ドル1ペソらしいから、同じような状況だろ う。(この為替レートに関しては松本さんの予想が正しかったですね。僕は7年前に もう暴落すると思ったけど)最後に、リトアニアに関する記述について。僕はヴィル ニウスは世界遺産にふさわしい美しい街だと思います。安くておいしいリトアニア料 理のレストランも多いし。バルト3国の首都はそれぞれ趣があって甲乙つけ難い。
ではリビアへの旅、気をつけて行って来て下さい。ではまた。


情報?

 投稿日 1999年12月10日(金)23時28分 投稿者 山中昇

情報はまた次回。
お会いしたときに!
でも少しだけ・・・・・。

強盗は1回(コロンビアのボゴタバスターミナル)
被害金額 約2万円
その時の状況・・・今度お会いしたときに話します。

強盗未遂1回(アルゼンチンのブエノスアイレスの路上)
いずれも「チョコレートぶっかけ強盗」だそうです。

感動の風景

その1 イースター島の火口(3っつあるうちの聖地と呼ばれているもの。)
その2 ペリトモレノ氷河
その3 イグアスの滝
その4 アルゼンチンのサッカーの試合
その5 ちょっと変わったタンゴ(バレーのような…)

中南米印象に残ったうまい物シリーズ 

その1 エンパナーダ
その2 タマレス(トウモロコシの蒸したものの中に鶏肉とピカンテ?がはいっている)
その3 どこへいってもやっぱり中華!

南米の美女BEST3

1 該当ナシ。
2 チリ
3 エクアドル??

中南米で出会った変な日本人!シリーズ

その1 西海でのこと。奴は便所も流さない、洗い物はしない、見た目は変じゃないが、 南ア強盗に3回も遭った変な奴。とにかく変な奴・・・。

旅行中に撮った写真の枚数
0枚・・・。(本当に。)

中南米では挨拶代わりにほっぺにチュウをする習慣がありますが、そのチュウは・・・

12回(飲み屋のお姉さん?)

最後に一言・・・。
今度はアフリカに行く予定です!
また面白いところを教えて下さい。
お元気で。体に気を付けて。

ということでこの辺で。



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