クルーズ船で過ごす最後の日となる。昨夜からもう揺れは少なくなっており、荒海のドレーク海峡はどこだったのだという感じ。朝、外を見ればもう南米の陸地が見えている。

7時半にいつものレストランでビュッフェの朝食。できるだけ多くの種類の食べ物を味会うために2人同じものにしてシェアを基本にしてきたが、今日は別々に相手のを見ずに好きにとることにする。
妻は今まで一度も食べていないパンケーキを焼いてもらっている。スクランブルエッグも初めてだ。

私は目玉焼きにソーセージも焼いてもらった。クロワッサンを自分から選ぶことはあまりないが、パンは大体一通り食べていたので、クロワッサンにする。一度軽食のところで食べたが、焼き過ぎだったので、焼かずに。昨日初めて食べておいしかったので、はちみつヨーグルトを今日も食べる。

お粥も名残惜しくなってきたので、最後にお粥も追加して、朝食を終える。
食後、私はいつも通りにサウナへ。一方、妻はメモを整理して、聞き逃したことなどの質問事項をまとめたいとのことで、部屋に残った。
11時20分、ブイヨンに行く。明日は朝食で終わりなので、ここからは全部最後となるのだ。ブイヨンは毎日用意されていたが、昼食前にスープを飲むという習慣がないため、ほとんど行かなかったが、行けばいつもおいしいスープが用意してあったのだ。

ペンギンズバーも今日が最後。おいしいカクテルをいつも作ってくれたバーテンダーの兄ちゃんには本当に感謝だ。

アペロールスプリッツとカミカゼ。妻はアペロールが好きで、メニューにないアペロールのカクテルも何種類か作ってもらっている。メニューの最後のページ、ノンアルコールの後ろにシューターズ(Shooters)というコーナーがあり、そこにあったのがカミカゼと名付けられたカクテルだ。この時は意味を知らなかったが、カクテルでシューターズというのは、アルコール度の高いお酒を何種類か混ぜただけで、薄めないものを意味しており、非常にきついカクテルをさしている。カミカゼは、ウォッカにトリプルセック(Triple Sec)を合わせたところにティースプーン一杯のライムジュースを加えたもの。

バーラウンジはブリーフィングや勉強会が開かれる場所で、この時間は人類初の南極点到達レースについての話をしており、最後だけだが参加した。子供のころアムンゼンの伝記を読んであこがれていた話なので楽しく聞けた。

12時からのランチもこれが最後だ。今日のテーマはメキシコ。アロースメヒカーナ、ビーフファヒータ、リフライドビーンズ、ビーフチリコンカルネ、トルティーヤ、ワカモレなどなど。最後まで世界各地の名物料理を楽しませてもらった。

デザートはトレスレチェケーキ。3種の牛乳のケーキの意味。無糖練乳、加糖練乳、クリームの3種類に漬けたケーキなのだそう。

もう一品は、ココナッツフラン。

食後は、プールバーのあるデッキに移動する。ここでも昼食をとれるが、寒いので今まであまり客を見なかったが、今日は暖かで賑わっている。お腹はいっぱいだが、ステーキがうまそうで、食べようかと迷ったが、見るだけにしておく。

船はすでにフエゴ島とナバリノ島に挟まれたビーグル海峡に入っている。ゴールはもうすぐ。あと数時間で着きそうだ。今から南極に行く小さなクルーズ船とすれ違う。オーシャン・ヴィクトリー(Ocean Victory)号で、極地クルーズに特化した高級クルーズ船らしい。

ナバリノ島の平地を見ていて、30数年前にその場所を歩いた時のことを唐突に思い出した。ナバリノ島は常住人口のある世界最南端の場所として知られている。ホテルのある村から東の海沿いに伸びる道が尽きる場所が車で行ける最果ての地。そこに行ってみようと一人で歩いていたところ、後方から軍人が数人やってきた。先に行ってもらおうと止まると後ろの軍人も止まる。歩き出すと等距離を保ってついてくる。これを繰り返すので私は怖くなって、最後には動けなくなり座り込んでしまった。しばらくして近づいてきた軍人のリーダーに、「訓練の目標にさせてもらった。怖がらせて済まない。」と謝られたのは懐かしい思い出だ。

私が過去の思い出に浸っている間に妻は中に入って一人でアフタヌーンティーを楽しんでいた。

私は昔訪問した時の記憶が次々とよみがえり、一人思い出にふけってた。写真の中央が島で唯一の集落だったプエルト・ウィリアムズ。昔は村だったが、ずいぶんと大きくなって街に見える。街の左側の谷には、先住民であるヤーガン族が住んでいた場所だ。会ってみたかったが旅行者が入ることは禁止されていた。ヤーガン族の最後の一人が亡くなったとニュースになっていたのは数年前のこと。今では絶滅した民族となってしまっているのだ。右側の谷はいくらでも入って良いということで、宿で知り合った日本人とともにテントを担いで入って行って、何日間か自然の中でキャンプをした。最後には街の裏側にある山に登ったりもしたのだった。

昔の話を妻にしたくなり、アフタヌーンティーの会場に行くと妻はサウスジョージアで越冬した経験のあるスタッフと話をしていた。妻はサウスジョージアで何を食べていたのかがすごく知りたかったらしい。そこに合流し、私も話に加わる。そして、私たちに初めてサウスジョージアについて教えてくれた人と彼が知り合いであり、同じ年に滞在していたことが分かった。びっくり。
そして最後のエンターテイメントとなったサイズ当てクイズの時間になり、バーラウンジの部屋に移動する。
まずはまたもやペンギンズバー。アイリッシュコーヒーとカフェアモーレ。どちらもホットコーヒが入った暖かいカクテルだ。

カクテルを飲みながらゲームに参加。このツアーで見たもののサイズが中心なので当たるだろうと思っていたが、意外に難しかった。、

17時過ぎにゲームは終了。もう終着のウシュアイアの港が見えている。ここでもまた別の南極クルーズ船とすれ違う。

最後のブリーフィングまで1時間あるが、部屋には戻らずまたまたペンギンズバー。ウォッカやブルーキュラソーの入ったブルースワンとバーボンにピーチシュナップス(Peach Schnapps)の入ったピーチジュレップ(Peach Julep)。どちらもきれいな色をしている。

30分ほどしてピアノの演奏などを楽しむ。飲んでいるときは彼の演奏が聞こえていることも多く、よい思い出になった。

飲み物がなくなり、最後のお代わりに、バーテンダーおすすめをリクエスト。彼が選んだのはフーゴ(hugo)、スパークリングワインがベースのさわやかなカクテルだ。

18時、船は港を前に止まってしまった。接岸許可待ちだそう。

最後のブリーフィング開始が遅れ、その間にツアーで一緒だった人々と写真を撮ったりする。写真の4人組は、カナダ国籍も持つ香港人で、一番最初のケープタウンの港で知り合った人たち。

18時15分に最後のブリーフィングが始まる。今日は上陸可能になったらアナウンスが入るので、何時でも上陸して良いとのこと。明日は朝6時までに荷物を出さねばならないそうで、忙しい。
そして、最後なので今回の旅のおさらいが始まった。

プロの取った動画や写真もたくさん見せてもらった。写真のゾディアックは最初にトリスタンダクーニャに向かった時のもので、私たち二人が写っている。

前にいるのはスタッフの中でもツアーに関することが担当のエクスペディションチームの皆さん。もっとも色々関わった人たちである。

最後の食事も一番に行って写真を撮りたい妻はブリーフィングの最後を抜けて、先にレストランへ。船はこのころ接岸した。
今日も入り口にはカクテルなどが用意されており、いつの間にか妻はここで何枚も記念写真を撮っていた。

大切な日はデザートの種類も豊富だ。

メインディッシュは豚の丸焼き! 子豚とはいえ、まるまま一頭を冷凍保存していたのだろうか?

入り口でいただいたカクテルは、サンフランシスコ。

最後のディナーはメインディッシュになりそうなものがたくさんあって、素晴らしさに圧倒される。

ブリーフィングの最後には上陸できるようになるのは21時頃と言っていたのに、19時半頃にもう上陸できるとのアナウンスが入る。見ていると最初に船長やエキスペディションチームの面々がおしゃれして街に向かっていった。そして、食事を切り上げ、下船していく人もチラホラ。気にはなるが、最後のディナーということもあり、食事は最後までいただく。私はデザートも食べたが、妻はパス。
20時にパスポートを受け取って、船から降りた。

船の乗り降りや港のイミグレには、パスポートが必要ではなく、船のルームキーで手続きが済んでしまう。
まずは港前のツーリストインフォメーションへ。3週間インターネットがなかったのでここで久しぶりのメール受信をする。緊急を要するものだけ返信をし、いよいよ街へ。

ウシュアイアは世界最南端の街として知られてきた。2019年にプエルト・ウィリアムズが市に昇格し、世界最南端の街という称号は、プエルト・ウィリアムズにとって代わられたということだが、プエルト・ウィリアムズの人口は2000人未満。市になっても街じゃない気はする。南極クルーズの発着点としても知られており、毎年大勢の観光客が訪れている。観光列車を模した観光バスが停車していた。

土産物屋やレストランでにぎわう中心部はやはりペンギンが人気だ。

メインストリートに最果て感は全くなく、にぎやかな観光都市。

海辺で見つけたこのモニュメント。よく見たらくり抜きがフォークランド諸島の形だ。ここではアルゼンチン名のマルビナス諸島と言わねばならないところだ。

ウシュアイアの文字の最初にもマルビナス諸島。実は街のあちこちにあるのだ。日本政府も竹島や北方領土を国民が忘れないようこれくらいすべきだと思ってしまう。

夏だが、街のすぐ裏の山には雪が残る。氷河ツアーなども人気の街なのだ。

港には様々な鳥とともにオットセイがいた。

セント・クリストファー号は、1957年に機械的な問題で座礁したまま残されており、今やランドマークになっている。

散歩は1時間強で終了。思ったより寒かったのと、店も閉まってしまったので、予定よりも早く戻ってきた。

部屋に戻って、最後のペンギンズバーはシャンペンで。

この後は、届いたメールをもう一度読み直したり、返信を用意したり。そして明日のためのパッキング。寝るのは遅くなった。