朝の5時台に起床。6時に宿の人が部屋まで朝食を持ってきてくれた。通常よりも早い時間に頼んだので期待をしていなかったが、ソーセージ入り玉子焼き、フレンチトースト、麦のミルク粥、ノン、紅茶と出てきて、びっくり。ありがたいことだ。

旧市街の見どころのど真ん中という立地、ものすごいアーリーチェックインでも快く受け入れてくれ、夕食も特別にいただけた上に、時間外にもかかわらず素晴らしい朝食。本当に良い宿に泊まれてうれしかった。
6時20分頃に宿を出て、ヤンデックスGoでタクシーを呼ぶ。15分ほどしてタクシーに乗ったのだが、走り出してから運転手は目的地を見たようで、そんな遠いところには行けないと止まってしまった。我々の都合でキャンセルにしろと言われたが当然拒否。しかし、進む気のない運ちゃんの車に乗っていても仕方ない。何とか先方にキャンセル手続きをさせる。配車アプリでカード支払いなので、運転手が乗車拒否してもこちらからキャンセルしたら全額引き落とされる危険があったのだ。下車してもう一度ヤンデックスGoでタクシーを呼ぶ。次は乗る前にちゃんと行き先が分かっているか確認してから乗車した。
6時50分に出発。目的地は100キロ先のトルクメニスタン国境だ。乗り合いでないタクシーでこんな長距離に乗るのは初めてかも。料金は19万スム=約2500円。
30分ほど走ったジョンドルという町で給油。車内から降りなければいけないルールだったので、あたりを少し歩く。給油中に降りなければならない規則は1980年代の中国以来の体験かな。

道はずっと良い道で飛ばしたこともあり、オロト国境には8時20分に到着した。

両替屋がいるかと思ったが、そのような感じの人はいなかった。
ゲートをくぐり、その先で出国手続き。何の問題もなくすぐに終わる。
そこから本当の国境までは1キロ強。以前は歩けたそうだが、今はミニバスに乗らないといけないルールになっている。5000スム。60円くらいだ。スムがないと1ドルだそう。
ミニバスはすぐに満席になり出発。あっという間に国境に着く。ウズベクスタン側でもトルクメニスタン側でもパスポートを兵士がチェックするだけ。
こちら側も国境からイミグレーションの建物まで1キロほどあり、バスに乗らねばならない。今度も料金は5000スム。外国人は5$を要求されるとの情報があったが、黙ってスムを払うとそのまま受け取ってもらえた。
9時前にトルクメニスタンのイミグレーション到着。ここは結構待っている人が多い。窓口でパスポートを渡して手続きを待っていると、我々のツアーガイドが現れた。入国手続きが終わってからその外で待っているという話だったのであれっていう感じ。まあ言葉が通じないイミグレ係官だったので、一安心だ。
現在トルクメニスタンは自由な旅行が出来ず、ツアーでないと入国許可が下りない。なので我々も4日間のツアーに申し込んでいる。ツアーと言っても団体旅行ではなく、一から現地の代理店と交渉してアレンジする手配旅行だ。ブハラからすべてアレンジしてもらうこともできるが、そこは断り、トルクメニスタン国内だけの手配にとどめている。手配していたツアーガイドが遅れて国境から出してもらえなかったという話も聞いていたので、思ったより早く会えたのは有難いところだ。
トルクメニスタンは入国にコロナ検査を義務付けている。検査代が一人35米ドルかかるというのは事前に旅行代理店から聞いていた。実際に他のツアーの外国人はコロナ検査を受けに行っていた。しかし、ガイドがコロナ検査はお金の無駄だと私に言って、係官をうまくごまかしてくれた。ここからゲートの外までもバスに乗らねばならず、バスに乗車して出発を待っていたところで、呼び戻された。コロナ検査をしていないのがばれ、戻って検査を受ける。ガイドは係官に怒られていたが、我々は特にとがめられることはなし。ガイドは全く反省はしておらず、私に惜しかったねーとあとで笑いながら言ってきた。
最後のバスも有料で、料金は5マナト。持っていない外国人は5ドルを要求され、交渉で1ドルになるという情報だったが、ガイドがマナトで支払ったので、事なきを得た。ちなみに1ドル=3.5マナトが公定レートだが、実勢レートは1ドル=15-19マナトぐらいだそう。
いろいろあったが無事にトルクメニスタン入国。これで妻も全独立国の訪問達成である。
10時25分、国境の制限区域を出て、駐車場に。ここで無事に本当のガイドであるバイラマが待っていた。イミグレーションまで来てくれていたのは何とドライバーだった。ガイドは規則通り外で待ち、ドライバーはコネで中まで入れたのだそう。
国境地帯は全く写真が撮れなかったので、車で走り出してすぐに記念写真。

10分ほど走ったところでアムダリア川を渡る。

橋を渡るとトルクメニスタン第2の都市トルクメナバートである。以前来た時は小さな田舎町だったはずだが、巨大な都会に変貌している。
通常のツアーでトルクメナバートには来ないが、運転手がこの街の人なためか、色々と見せてくれる。シルクロードモニュメントは、街の北側の入口にあるモニュメント。

初代大統領サパルムラト・ニヤゾフ像。手に持つのは著書『ルーフナーマ(魂の書)』。

州立劇場

図書館

バシュ・バイダク広場

レバプ州バグト宮殿

トルクメナバートユルト。各主要都市には巨大ユルトがあり、式典会場になっている。

トルクメニスタンのツアーを組んでいる会社は非常にたくさんあり、どこに頼むか選ぶのは中々難しい問題となる。数十社のサイトを見て、口コミを調べ、10社ほどに問い合わせメールを出している。最終的に3社に絞ってメールのやり取りを続けていた。そんな時にFacebookで見つけたのが、↓のツアー募集パンフレットの投稿。これは出発日を先に確定させて人数を集め安くしているツアーで、こういう形式で募集している会社は他にもある。こういうのをたたき台にし、手配旅行を交渉していた。もう決めようかと思っている時だったが、決めようとしている会社が妻の希望に沿っていない面があり、決めかねていた。そこで妻にここだけで良いから自分で希望を出して交渉するように頼んだ。

妻が問い合わせメールを出すとすぐに返信が来た。あまりに良いツアー条件で、正直私は怪しい会社かなと思ったほどだ。しかし、まもなく理由が判明した。この会社のオーナーと妻は数年前から料理の話でやり取りをしているネット友達だったのだ。トルクメニスタン料理について何度もやり取りしている相手が、旅行代理店の社長とは全く知らなかったので妻は気が付かなかったそう。先方はすぐに気が付いてぜひ会いたいと思ってくれたのだ。おかげで募集していなかった出発日希望なのに、そのままの料金にしてくれ、安いツアーだと別料金のものも色々込みにしてくれたのだった。
パンフレットに書かれているように、彼女の会社はここトルクメナバートの会社。今日のランチは一緒に食べようということになり、会社近くのレストランで待ち合わせ。入国が通常よりスムーズに終わったので、レストラン予約時間の都合もあり、市内観光を入れてくれたのだ。
11時過ぎにレストランへ。野菜の盛り合わせとチョレク(パン)がすでにテーブルに用意されていた。

まもなく仕事を抜けてきたツアー会社のオーナーグンチャさんが可愛い女の子を連れてやってきた。ドライバーのレバさんはなんとグンチャさんの旦那さん。だからイミグレーションの中まで来れたのだと納得。
会食が始まり、料理が次々と出てくる。大きなパイのようなのは、トルクメニスタンの国民食であるイシュレクリ。ひき肉がたっぷり挟まっていて食べ応えがある。トルクメニスタン最初の食事から、お腹いっぱいで苦しいほどだ。

食事の後は、グンチャさん母子と一緒に記念撮影。

レバブ州大モスク

アクユル(幸運な旅立ち)モニュメント

小麦畑

競馬場

12時40分、トルクメナバートを完全に抜けて、まっすぐな道をひた走りだす。
15時過ぎにウチアジ村にあるチャイハナで休憩。同一コースのツアーはここで昼食をとっているものが多い。トルクメナバートで会食をしたので、少し遅れているが、仕方なし。

店の外ではタンドリーに火が入っていた。トルクメニスタン各地でチョレク(パン)やイシュレクリを焼くタンドリーが見られる。

トルクメニスタンの富の根源は、天然ガスと石油。石油基地の周りだけきれいに舗装されていた。

ラクダも時折見受けられる。

17時前にメルブ遺跡のあるバイラマリーに到着する。メルブは紀元前6世紀頃から栄えたシルクロードの交易都市で、世界遺産に登録されている。時代の変遷に連れ、場所をずらして新たな都市が建設されてきたため、5つの異なった時代の遺跡が見られることで知られている。現代の街には寄らず進むと城壁が見えてくる。

耕作地の奥、中央に見えてきたのが大キズカラ、その右側が、小キズカラだ。

大キズカラは、6世紀から7世紀に建てられたとされていたが、今世紀になっての発掘調査で8から9世紀と修正された。12世紀、セルジューク朝の時代まで使われていた宮殿だ。

以前来た時は外観が残っているだけだったが、2012年から15年にかけて発掘調査が行われ、現在は土に埋もれていた内部にまで入れるようになっている。

裏側は柱が並んでいるような外観が修復されている。

キズカラ観光の時に20名くらいのツーリストグループがいた。話をしているうちに、友人の友人であることが判明。友人が立ち上げた「NOMAD MANIA」という旅行コミュニティー組織が主催しているツアーグループだったのだ。
世界各地で活動しているNOMAD MANIAが、アゼルバイジャン政府の招待を受け、来週そのアゼルバイジャンツアーが開催される。実は我々も招待されたので、それに合わせて今回トルクメニスタンに来ている。ここで会ったツアーグループの何人かは同じようにアゼルバイジャンツアーに参加するとのことだった。奥に写っているのは小キズカラ。

小キズカラも大キズカラと同じ時代の建物と考えられている。保存状態が悪くが、自由に登れるのは面白い。

次に訪れたのはアシュハブ霊廟。アシュハブは預言者の仲間という意味で、預言者ムハンマドの最初期の信奉者であるアブ・ザル・アル=ギファリとアブ・ブライダ・アル=アスラミの二人に捧げられている。元の建物は9世紀から12世紀にかけてのセルジューク朝時代に建てられたが、モンゴル侵攻で破壊されてしまった。15世紀、ティムール朝時代に再建がなされた。その後かなり荒れていたが、トルクメニスタン独立後に修復され、今の姿となっている。

アシュハブ霊廟の前には、古い井戸も残されている。

エルクカラはメルブ最古、紀元前6世紀の都市遺跡だ。

近くまで来るとエルクカラは大きな丘のようになっており、登るのは一苦労だった。でもその分、メルブ遺跡全体が見渡せて、気持ち良かった。すぐ南側に続く城壁跡はグヤウル・カラで、そこで見つかった仏塔は現在確認されている世界で最も西にある仏教遺跡と言われている。

サンジャール廟は、12世紀セルジュク朝のスルタンであるサンジャールの霊廟。モンゴル侵攻でも残った巨大な建物で、今世紀に入ってきれいに修復されている。

19時過ぎ、何とか明るい時間にメルブ遺跡の観光を終え、出発する。バイラマリの街に立ち寄る時間はなく、通りすがりにサンジャールの像を見ただけ。

30分ほど走ってマリにあるレストランに到着する。今日の日没でラマダンが終わったこともあって、レストランは大盛況。
旅行会社のグンチャさんからトルクメニスタン料理をできるだけたくさん出すようにとガイドのバイラマに指示があるとのことで、食べきれないほどたくさんの料理が注文される。テーブルに一度には乗り切れない量が次々来て焦る。どれくらいあったかの記録のために、全種類の写真を残しておく。
コクチャイ(紅茶)

チャール(ヨーグルトドリンク)。ラクダの乳から作るのと牛乳から作るのがあるそうだが、今日のは牛。トルコのアイランと同じもの。

キムチ(サラトゥキャシル)

グレックサラトゥ(グリークサラダ)

ラグマン

パチャチョルバ。パチャは牛の脚

パロー(プロフ)

トゥルレチョルバ。トゥルレは牛の脂身。

マンティ。真ん中はカイマク(ヨーグルト)

コンポート

ペティール

ソムサ(サモサ)

ゴクチャイ(緑茶)

おいしかった~。チョルバがどちらも絶品。さすがにこんなには食べられず、不本意ながら残してしまったのが残念。
9時半にレストランを出発し、10分ほどで今夜のホテル到着。

本日も盛りだくさんで充実の一日。でも本当に疲れた。
すぐに寝たかったが、朝の乗車拒否されたタクシーの料金が引き落とされており、ヤンデックスGoの会社と交渉。最終的には返金されたが、レートの関係で思った以上の損があり、むかついた。