8時に朝食を部屋に運んでもらう。キャビアやノウルーズの菓子はないが、昨日の朝食とよく似ている。卵が2種類なのまで昨日と同じだ。

今日は到着が遅くなるので、午前中はフリータイム。すぐ近くにトルクメニスタン国立博物館があるので一応出掛けることも考えたが、連日のハードスケジュールで疲れが溜まっている。部屋でゆっくりすることにして、写真のバックアップなどをする。昼食は遅くなるとのことだったので、昨夜持ち帰ったフィッチを出発前にいただく。冷めても予想以上においしくお腹いっぱいだ。
12時にチェックアウト。街の中心にあるアクアルティンホテルに移動する。

ホテル前にはすでに大勢のツアーグループが集まっている。今日はアシガバード郊外で開かれる政府主催のノウルーズの祭典に参加するのだ。このノウルーズに参加する観光客は全員ここからの特別バスに乗って参加せねばならない。今日の午前中が、政府招待VIPのための祭典で、午後と明日が観光客のための祭典だそう。
現地の準備が出来次第の出発ということで、何時になるか分からないままここで待つことになる。時間があるので周辺やホテル内を少し散策する。
写真はトルクメニスタン国立サーカス。

しばらくして、大型バスが続々とやってきて、乗車するバスを指定される。バスの出発が始まったのは13時半。ホテル前で1時間待ったことになる。パトカーの先導の元、数十台のバスがゆっくりと進んでいく。
街の中心にあるアシガバード駅を通過する。初めて来た時は国際列車で着いて、駅のドミトリーに泊まったので、少しは記憶のある建物もあったが、駅舎自体は2009年に立派なものに変わっている。

街からノウルーズ会場まで30数キロ。いくらゆっくり走ったといっても1時間かかるはずはない。しかし、もうすぐ到着というところで止まってしまった。まだ会場準備が出来ていないのだそう。前も後ろもバスが見えなくなるまで連なっている。渋滞ではなく、これらのバスは全部会場入りを待つツーリストの車なのだ。

バスが動かないので少し降りる。小麦畑がずっと広がっている。

15時前にようやく会場に到着。まずは馬に乗った少年たちが出迎えてくれる。

広い草原では大勢の女性が舞いながら歌を歌っている。

開会のあいさつが終わると、民族の歴史を紹介するような寸劇が披露された。

寸劇が終わると踊りが始まる。

女性の優雅な踊りに続いて男性の力強い踊りが続く。

ノウルーズを象徴する麦芽を持つ女の子の後ろには羊を抱えた男の子も出てきた。

ここまでは張りぼての城門の前で行われていた。ここで城門が開かれ、広い会場に誘導される。会場のあちらこちらでトルクメニスタンの文化が紹介されている。
絨毯を始めとする美しい織物の数々。

美しい民族衣装を着た人々大勢集まっている。

お祭りの伝統菓子も食べ放題だ。

実際に調理しているところを見ることもでき、出来立てをだべさせてくれる。

会場の中でも様々な歌や踊りが繰り広げられている。

料理の実演に妻は飛び入り参加し、作り方を教えてもらっている。

伝統的な道具もいろいろ展示されている。井戸水を水車を使ってくみ上げ、木製の水路に水を流しているのは乾燥地帯ならでは工夫だ。

馬やラクダなども会場を行き来している。伝統的な移動居住テントであるユルタは、参加者の控室になっており、会場にたくさん配置されていた。

トルクメニスタンで生産される農産物の紹介も色々あった。穀物だけでもかなりの種類が紹介されている。背景の張りぼてをよく見たら、一昨日訪れたメルブ遺跡の大キズカラだ。

色々な食べ物が、どんどんふるまわれているが、客も大勢なので、皿の中身は次々となくなっていく。盛り付けられたばかりのきれいな写真にこだわり、その名前を聞こうとしている妻と一緒にいると中々食べられないし、食べ物の場所以外に行きにくいので、途中からは別行動。色々味見をしながら、会場を見て回る。

ガトゥラマは、砂糖をまぶした揚げパン。

色々なゲームやスポーツも見ることが出来た。子供たちの相撲も面白かった。

旅行者が欲しがりそうな小物を並べており、使い方などを教えてくれる。

トルクメニスタンにいる各種家畜も連れてこられている。

しっぽが上向きなのはヤギ。

しっぽが下向きだと羊なのだそう。

家畜小屋のそばでは、お茶を炭火を使って淹れ、楽器を演奏していた。

チョルバのような液体でもそれぞれのスプーンを入れて一皿から食べるのがトルクメニスタンの文化。外国人観光客はなれないからか、チョルバに手を出さない人が多かった。

ゴウルドクは、羊肉や牛肉を、その獣脂で保存したもの。冷蔵庫の使えない遊牧民の伝統的肉保存方法で、このまま食べたり、料理に使ったりしてきた。

人間ピラミッド。

テレビの取材を受ける妻。

チョルバ作り。

ポロウ作り。

ヤルマ作り。ヤルマは、ヨーグルトとブルグル(挽き割り小麦)をベースにした、ミントの香りが特徴的な伝統的で濃厚なスープ。

サモサ。

あっという間に終了の時間となる。もっとゆっくりしたかったが、仕方ない。16時20分、名残惜しいが会場を後にする。帰りもパトカーに先導されたコンボイなのでスピードは遅い。止まることはなかったが、30数キロに50分かかり、朝集合したアクアルティンホテルに戻ってきた。
すぐに我々だけの専用カーに乗り換え、17時25分に出発する。アシガバートの市内を出て、一直線の道をひたすら北に進む。100キロ、75分ほど走ったところで湖を横切る。この辺りはもう舗装が切れているが、凹凸は少なくスピードはさほど落ちていない。

19時過ぎ、イエルベント村で一休み。ちょうど日が沈むところだ。

カフェでお茶を飲み、売店でウォッカを購入する。

30分ほど休んで出発。周りには砂丘が続くが、道路沿いにゴミが多いのが悲しい。

いつしか真っ暗に。道の凹凸はひどくなるが、あまりスピードを落とさないので、揺れが激しく眠ることはできない。

メイン道路からダルヴァサへの分岐に着いたのが21時半頃。ここで車の修理。部品がずれてタイヤに当たっていたらしい。他の車の運転手なども協力してくれ、30分ほどで修理完了。22時に再出発。

15分ほど走って、地獄の門と呼ばれるダルヴァザガスクレーターに到着する。
1971年に地質学者がボーリング調査し、その際に天然ガスに満ちた洞窟を発見した。採掘中に作業装置が置かれていた場所ごと崩落し、直径90mの大穴が開き、有毒ガス噴出する。これを食い止めるためにガスに点火。しかし、可燃性ガスが地下から絶え間なく吹き出るため、延々と燃え続け、消すことが出来なくなってしまう。後に住民がこの穴を「地獄の門」と名づけ、今では観光客に人気の場所となっている。燃焼を止めるすべがなく長らく放置されてきたが、50年以上経過し、火の勢いは徐々に弱まってきている。今の技術なら消火可能だということで、ついに今年中の消火が発表されたがどうなるやら。昔の写真に比べると、火はかなり小さいがそれでも見応えある不思議な光景である。

周回歩道にも火が上がっており、そこを歩けるのが面白い。

色々な角度からの写真を撮りながら、ゆっくりとクレーターを一周する。

最後は少し離れたビューポイントから眺める。

そこから歩いて、ユルトの宿にチェックインしたのが23時10分。

夕食が出来ているからと呼ばれ、部屋を見ただけで、車から荷物も降ろさずキッチンへ。
シャシリクはすでに串から外し終わっており、火の通りの遅いジャガイモが炭火に乗っているだけだ。

テーブルの上には所狭しと並ぶ夕食。

本日は妻の全独立国訪問を祝って乾杯することに決めていたので途中でウォッカを買ったが、遅くなりすぎて、ゆっくり酒盛りをすることはできない。とはいえ、明日は出国してしまうので、乾杯をする。

強いウォッカもジュースで割ると飲みやすく、肉にもよく合う。結局楽しく酒盛りをしてしまい、お開きになったのは日の変わった1時のこと。
そしてこの時、朝2時に出発と告げられる。???????? 何故1時間睡眠なのだ。運ちゃんも一緒に飲んだではないか。昨年訪れた友人は、明日の行程が全く同じで4時発だったと聞いている。早い出発は覚悟していたが、2時・・・。明日の朝食を町に着いて食べる方が良いなどと何やら理由は言っているが、正直理解できない。運ちゃんは寝たら起きられないと思ったのだろうか? 時間が惜しいので了解してしまったが、そこから荷物を車から降ろし、寝る準備。何分眠れることやら・・・。