朝食は昨日買った魚のキムチとネギたっぷりのスープ。そして主食はソバの実を米のように炊いたグリエチカ。

宿のおじさんが9時前に迎えに来てくれて車で出発。街を出てステップの広がる荒野の未舗装道をどんどん進んでいく。そこにあったのは、第二次世界大戦終結後、旧ソビエト連邦軍に捕虜になり連行された日本人などが強制労働に従事させられた強制収容所跡。シベリア抑留として知られているが、シベリアだけでなく中央アジアにまで連行された日本人も多かったのだ。数ある強制収容所の一つがここバルカシュ強制収容所だ。
もともとバルカシュは1937年に銅の採掘と精錬を中心とした工業都市として設立された街で、日本人が連れてこられる前にもリトアニア人やポーランド人が送り込まれ、強制労働させられていた場所なのだそう。多くの犠牲者が出て、今のこの周辺の原野には5万体以上の遺骨があるのだとか。3年前に記念のモニュメントや慰霊碑がここに建てられている。

日本人埋葬碑も建てられていた。

強制収容所は風化が進み、完全に崩れ落ちたコンクリートの山になっている場所も多い。しかし、管理はされていないままだが、中まで入って当時の苦しい生活を想像することのできる建物も残っていた。

次の訪れたバルカシュ空港は1933年開港で、日本人捕虜もターミナルの建設などに駆り出されたのだそう。ソ連崩壊後は空港が維持できず、放置。10数年後に滑走路の整備から開始し、現在はターミナルの修復がもうすぐ完成するという状態。正面から見ると神殿のようで空港には見えない建物。

許可を得て中にも入れてもらったが、中は宮殿だった。ちなみにこの訪問の約2か月後、6月1日に空港は正式に再開され、定期便が運航するようになったそう。

街に戻り、日本人捕虜たちが建設したという建物をいくつか案内してもらう。昨日見たコミュニティーセンターもその一つ。しっかりした建物が多く、80年経っても壊れていないところが多いと言っていた。

最後はおじさんお家の庭を見せてもらって、11時頃に宿へ戻った。昼食はリゾット。
午後はのんびり快適な宿で過ごす。残りの日程で訪問する場所を調べたり、あまりよく知らなかったシベリア抑留などについて調べたり。
18時頃から夕食に出るが、これといった食事処はなく、買い出しをして宿で夕食をとる。
キクラゲとネギそして馬肉ソーセージを乗せたラーメン、羊の尻部分の脂肪の燻製。野菜はキムチではなくザワークラウト、カザフ語ではアシュトルガン・クィルィクカバト (ашытылған қырыққабат)。

快適な宿でのんびり過ごすと2泊の滞在もあっという間、明日朝出発とは名残惜しい。