昨夜残したので、昨夕と同じものを朝食とし、9時過ぎに出かける。街の中心まで約5キロ。市バスには乗れないので歩いて行きたかったが、歩いたのは数百メートル。妻がすぐに音を上げ、タクシーでシムケント城塞(シム・カラ)に向かった。
復元された城壁に囲まれたシムケント城塞の入り口前にカザフスタンの伝統移動式住居であるユルトが並んでいた。

城門を入ると中には広大な遺跡公園が広がっている。

入口の近くにある10世紀から12世紀の住居跡は新しい日除けテントで囲われている。

復元された建物は博物館になっており、興味深い展示が数多くある。

紀元2世紀から4世紀のゾロアスター教寺院跡。

シムケントは、東へ10kmのシルクロード交易都市サイラムを守るためのキャラバンサライとして12世紀に設立された街だと従来は思われてきた。シムケントの中心にある城塞もその時代のものだと考えられていた。私が初めてカザフスタンに訪れた時に使ったガイドブックには「シムケントを訪れる唯一の理由は165キロ離れたトルキスタンのホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟を訪れること」とまで書いてあったのだ。2002年に滞在した時の記憶では、今いる城塞は昔城塞のあった丘としか認識していた。2002年からこの城塞の発掘が開始され、ここには2200年以上の歴史があることが証明され、その結果シムケントの歴史は書き換えられた。その後も、発掘は続けられ、ここが遺跡公園として整備されることとなった。
10世紀にサイラムで建てられたモスクにあった石柱は20世紀の大地震でモスクが壊滅した後、サイラムの博物館に置かれていた。シムケント城塞の遺跡公園整備に合わせ、2020年にこの石柱を移設している。

要塞のある丘の東半分は、発掘されないままで、独立公園となっている。中央にある巨大なモニュメントはアルティン・シャニラクと呼ばれ、カザフスタン民族の団結を象徴している。

独立公園から続く階段を市街の方に降りていくと金色のドームを持つオルダバシモスクが見える。

階段を降り切った場所がオルダバシ広場と呼ばれ、中心に立つネザヴィシモスチ記念碑と共に市中心のランドマークとなっている。

市の中心部を流れるコシュカラタの両岸は、周辺の喧騒から離れる静かな散歩コースとなっている。

バザール入口まで来てようやく昔歩いた場所だと思い出す。

大きなバザールの入口付近にある食堂に入る。うまそうな牛肉のパラウを作っている。

食べたのは、パラウとケスパ。ケスパは細かく刻んだ野菜の入ったスープ麺。飲み物は自家製のクワス。

食事の後は、市場を歩き回る。明日朝の列車に乗ってカザフスタンは終了。駅にはタクシーの予定なので、ここで現金を使い切ろうと色々見て歩く。

夕食用にモツの入ったキムチとパンを買えば、あとは土産。きれいに使い切りたいので、量り売りのドライフルーツを残金がピッタリとなくなるように購入した。

市場は広大でずっと続いていたが、お金が無くなってから見てもそう気分が乗らない。欲しいものが出てきても困るのだ。

市場からの帰りもタクシーにした。乗っている途中でアプリが警告音を出し、画面に「支払が現金に切り替わりました」とある。焦って色々チェックするが、どうにもならないまま着いてしまった。アプリに登録しているカードからの引き落とししか考えていなかったので現金は使い切ってしまっている。結局、宿でお金を借りてその場をしのぐ。
このあと一人で昨日のスーパーまで行きキャッシング。明日朝の分の現金も降ろすかどうか少し迷ったが、この時は大丈夫だろうと判断し、借りた分しか降ろさなかった。
宿に戻ってから明日朝のタクシー代が不安になる。もう一度ATMに行くことも考えたが、片道15分くらいかかるので行きたくない。おそらく原因はクレジットカード側が怪しい支払いと判断したのだろう。カードはRevolutで、通常このような時にはアプリに確認が来る。しかし、カザフスタンに入ってからはアプリにずっと接続できないままなのだ。仕方ないので登録カードを変えようとしたが、ここで使えるタクシーアプリのヤンデックスGOはロシアの会社なので登録できないカードが多い。予備に持ってきているカードを3種も試したが登録できずだ。ネットで駅のATMが24時間開いていることを確認し、そなまま行くことに決めた。
夕食は昨夜と同じおかずにプラスして、今日買ったモツキムチとナン。そしてスープ。モツは牛のセンマイでうまかった。

明日は早朝出発なので早めに寝る。