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2023-24年地中海»26日目 -パドヴァ-トリエステ-リエカ
2024年01月05日(Fri)
26日目 -パドヴァ-トリエステ-リエカ
午前4時半、ヴェニスの少し西にあるパドヴァに到着した。今日の目的地はクロアチアのリエカで、ローマから直行のバスはない。乗り継ぎ検索して出てきたローマ→パドヴァとパドヴァ→リエカのバスを最初に予約した。しかし、パドヴァの乗り継ぎ時間があまりに悪い。買ってしまったものは仕方ないと思いながら、チケットをよく見たらローマ→パドヴァの便はトリエステ行きで、パドヴァ→リエカの便はトリエステを経由している。全部キャンセルして買いなおそうとしたが、ローマ→トリエステは満席で、それは無理。パドヴァ→リエカだけキャンセルし、ローマからのバスのパドヴァ→トリエステとパドヴァから乗るはずだったバスのトリエステ→リエカを買い直した。ローマ→トリエステが満席なので、ローマ・パドヴァ間とパドヴァ・トリエステ間は同じ席をとることが出来ず、早朝に座席移動を余儀なくされたが、無事同じバスでトリエステに向かう。
朝8時20分、定刻よりも20分ほど早くトリエステに到着する。トリエステはスロベニアとの国境にあるイタリアの東北部の都市だ。オーストリア=ハンガリー帝国に属していた時代が長く、オーストリア風の街並みが残っている。冬の欧州は緯度が高くなるにつれて日が短くなる。8時半ではまだ空に朝焼けが残り、薄暗い。港湾都市として発展したトリエステは市の中心部に向けて運河があり、大運河と呼ばれている。
紀元前2世紀にローマ帝国の支配下に入ったトリエステはローマ帝国の主要都市として発展してきた。紀元前1世紀に建てられたローマ劇場は3,500人から6,000人の観客を収容出来たといわれる大きなものだったが、いつしか地中に埋もれてしまった。1938年に発掘されて、再び地上に現れた劇場は、きれいに残っており、今は自由に見ることができる。
9時を過ぎると街はにぎやかになって来て店が次々と開きだした。まずはカフェに入って朝食をとる。一度腰を落ち着けると昨日の早朝から移動し続けていることもあり、疲れが出て動けなくなる。WIFIがあったこともあり、しばらく店でのんびりさせてもらう。
ボルサ広場には屋台がたくさん出て、非常に賑わっている。広場に面した美しいピンクの建物はオーストリア領事館。
海に面したイタリア統一広場にはクリスマスの飾り付けが今も残っており、羊飼いに見守られたキリスト誕生のシーンの再現も見ることが出来る。
イタリア統一広場の先にアドリア海を臨む位置にある大きな建物がトリエステ市庁舎。
イタリア統一広場に面した建物群の中で、壁のモザイクが特に美しいのがオーストリア中尉の宮殿と呼ばれていた建物で、今は県庁となっている。
アドリア海沿いの道をのんびりとバスターミナルに戻り、12時15分発のバスでクロアチアに向かう。
イタリアのトリエステを出てすぐに坂を登った先はもうスロベニアである。さらに進むとすぐにスロベニアからクロアチアに入る。2023年からクロアチアにもシェンゲン協定が適用されるようになったので、1年少し前まであった国境での入国手続きはなくなっている。そのおかげなのか、定刻なら2時間半かかるはずのクロアチアのリエカまで約1時間半で到着した。2泊の予定だったリエカを1泊に急遽変えているので、予定よりも1時間早く着いたのは嬉しい。雨が降った後だが、とりあえず止んでいるのもありがたいところだ。
リエカはクロアチアの最大の港湾都市であり、首都ザグレブにも近い場所に位置している。
海岸の通りから2本内陸に入った場所に延びるコルソ通りが商業の中心で、さらにその中心部に時計塔がある。
遅い昼になってしまったが、まずは昼食。港町でおいしそうな海鮮料理の店が並んでいる。
店に入って周りを見渡すと、みなさんムール貝を食べているので、まずはムール貝を注文。人気メニューだけあって美味しく量もあって素晴らしい。
もう一品はイカのリゾット。墨で黒い色になっているが、イカがゴロゴロ入っていて、これも素晴らしい。
野菜をくたくたに煮たのはまあ普通の味でした。
壁の服掛けが、古いスプーンを使っており、面白い。他にもいくつかインテリアに工夫がみられるおしゃれなレストランだった。
16時前にホームステイのようなペンションにチェックイン。おばあさんが手作りの漬け込み酒をウェルカムドリンクとして出してくれた。まだ喉が痛くあまり酒は欲しくなかったが、薬用種のような味でこれは美味しくいただけた。
もう一杯、今度はコーヒー。イタリアの豆でトルコ風に入れている。
おばあさんが色々と夜に行くべき夜景スポットやお勧めレストランなどを教えてくれたが、夜行明けということもあり、シャワーを浴びて寝てしまう。