2019 陸路でミャンマー経由タイからインドへ

陸路でバンコクからコルカタ+アルナチャルプラデシュ

26日目 ジロ(ビイリイ→ハポリ)→ラキンプル→

 ハポリからラキンプル行きSUMOは5時半と11時半にあるということだったので、当初は11時半に乗るつもりだった。しかし、5時半のSUMOなら運転手が友達で宿まで迎えに来るが、そうでなければ自分でハポリまで行って予約し、当日も行かねばならないよと宿の人にいわれ、迷った。ラキンプールには見どころがなく、そこからの夜行列車に乗る予定だ。早く着いたら大変なので、出発日はハポリまで歩けば良いと思ったが、結局ホテルでSUMOを頼んでしまった。
 5時半ピックアップ予定なので5時に起床。そして、車は5時5分に来た。タワンの経験で覚悟はあったし、今回はターミナルから遠い場所なので早いかもと予測もしていたが、当然すぐには出られず。それでも5時15分には出発だ。
 すでに乗客は一人だけいた。メイン道路に出て少し走ったところで、車は停車。クラクションを何度も鳴らすが人の気配さえない場所だ。運ちゃんが電話をかけ、しばらくしてから遠くから犬の声がした。10分以上待って現れた乗客は犬と一緒に乗車する。このあとハポリに着いたがターミナルでも新たな乗客はなく、乗客4人で出発だ。道中、何度かSUMO待ちの人がいたが、皆さんイタナガル方面で、ラキンプール方面の客は中々いない。
 イタナガルとラキンプルの分岐で来る時は休んでおり、そこのチョウメンがおいしかった。同じ場所で朝食休憩だと楽しみにしていたのに素通りだ。州境の停止も1分ほどで、トイレに行く間もなし。10時前にはアッサム州のラキンプルに着いてしまった。
 バスターミナル付近まで行くと思っていたのにSUMO会社は街の入口にあり、そこで降ろされた。列車の出る時間まで12時間以上あるのでどこで降ろされても良いが、意外な場所で戸惑った。
 朝から何も食べておらず、まずは食事だ。時間が余るのは確実なので、出来ればゆっくりできるまともな店で食べたい。そう思って街の中心に向かって歩くが、時間を潰せそうな店は見つからず、結局落ち着かない小さな食堂に入った。
 ヒンズー教のお祭りのようで着飾ったインド人達が行進してくる。彼らを見ていると、東南アジア、チベット的な世界から一気にインドに戻った気がしてきた。
19/02/04 13:37:16
 食事の後は街の中心部まで歩いたが、落ち着ける場所がない。街で一番大きそうなホテルに行って、お茶を飲んたが、パーティー準備とかで、すぐ追い出される。まったく落ち着く場所は見つからないので、鉄道駅に向かう。駅付近も寂れた感じだ。
19/02/04 18:06:50
 11時頃、ノースラキンプル駅に到着。幸いなことに駅舎は大きくて新しい。ラキンプル市の正式名称はノースラキンプルで、駅名もそうなっている。インド中部にラキンプル市とラキンプル駅があるために、こちらには“北”が正式には付くが、駅のアナウンス以外はみなさんラキンプルとだけいっている。
19/02/04 16:39:26
 待合室には鍵がかかっていたが、駅員に頼んで開けてもらう。しかし、この時、女性用待合室のみを開けて、お前も一緒にここにいて良いといわれた。一日3、4往復の列車しかない駅なので、ほとんど人も来ないのだろう。
19/02/04 18:00:44
 15時50分頃に最初の列車が来た。ローカル列車だが、結構人の乗り降りはあるし、この時間だけは売り子も現れた。
19/02/04 19:27:56
 次の列車が来る前はさらに乗り降りが多いのか、大勢の人が駅に集まりだした。女性用の待合室なので混んで来たら遠慮して外にいようとは思っていたが、タイミングが遅れた。そして、トラブル発生。駅長と名乗る人物が軍人を引き連れ表れて、いきなり私に怒鳴りつけてきた。そこにいたのは駅員許可の上なので、女性待合室から出ればすぐ済むと思ったが、列車の乗車券を見せろという。E-チケットを見せると、紙でないと認めないといって、牢屋に入れるなどとわめく。しかし、英語が数ワード混ざるだけで、そのほとんどがローカルの言葉だ。ヒンズー語かアッサム語かさえ私には区別できない。当然、彼が何をいってるのかはさっぱりだ。何に対して怒っているのかさえ解らない。そこにいることを許可してくれた英語のできる駅員を妻が呼んで来てくれた。その駅員も最初は説明しようとしてくれたが、彼の話も聞こうとしない。私は彼の上司だから、私の方が正しいといっているようだが、それも定かでない。どんどん人が集まってくるが、みんな見てるだけ。妻が英語のできる人を必死で探しているのが人垣の中に見えたが、英語のできる部下の話も無視だから、英語の分かる人も仲裁に来てはくれない。途中からはわめいている駅長のいうことを理解しようとすることを私も諦めた。分からない言葉でずっとわめいていた駅長が、英語で「お前は○○○人ではないのか?」と久しぶりに英語を交えた。「何度も日本人だといっただろ」と返すと、「待合室に戻れ」とまたも英語。○○○は何度聞き返しても聞き取れなかったが、この辺りに住むモンゴロイド系民族のようだ。その民族に差別心があり、ちょっとでも抵抗したら牢屋にでもぶち込もうと煽っていた様だ。だからローカルの言葉が分かっていると信じ込み、英語を話せという私の言葉を無視していたのだ。外国人と分かって、まずいと思ったのだろう。もう女性用の待合室は嫌だといったが、人が集まったから中に入ってくれという。早く終わりたいので、しぶしぶ従って、女性用待合室へ戻る。窓からのぞいていた人々も軍人に追っ払われた。「○○○人でないなら問題ないので、列車が来るまでここで待て」、そう言って、駅長は取り巻きを引き連れ、出て行った。
 嫌な目にあって何もする気がなくなり、ボーっと待合室にいると駅長がまたも部下を引き連れてやってきた。そして、2リットルの水をお詫びでくれ、謝罪し戻っていった。差別を今後も受けるであろうこの地に住むモンゴロイド系民族のことを思うと暗い気持ちになったが、まずは終わってほっとした。
 しばらくすると今度は街の警官が数人やってきて、トラブルがあったと聞いたが大丈夫かと声を掛けてくれた。その場では助けられなかった人の誰かが通報してくれたのだろう。
 さらに時間をおいて、次は鉄道警察の人がまたも数人でやってきた。ここは女性用待合室だから鉄道警察のオフィスで待てという。素直に場所を移動した。お茶とビスケットを出してもらい、鉄道警察の人々と話をする。
19/02/04 22:09:24
 最後には夕食までごちそうしてくれた。しかし、黙って食べるのを眺めている大勢の警察官に囲まれては、中々食も進まない。いつもならお替りする量だったが、遠慮した。
19/02/05 00:26:36
 最終的に、乗車する列車の中まで何人かの警官は付いてきた。周りの乗客や車掌に日本人だからよろしくなどと伝え、ようやくさよなら。最後の最後まで疲れる土地だった。