2人の世界旅 日々の記録

4年3ヶ月、1日も欠かさず綴った旅日記
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キューバ>2009年07月19日(Sun)
マスティックトレイル南口→スミスコウブ→ジョージタウン→ハバナ
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■謎多き国、キューバへ
現在地球に残存する社会主義国家とされる国はわずか5つ、
北朝鮮、ラオス、中国、ベトナム、そしてキューバ。

キューバ以外は全部アジアです。ただ、ご存知北朝鮮は厳格な社会主義国家としても、それ以外の国(ラオス、中国、ベトナム)は、かなり自由主義社会への瓦落が進んでいるのが現状でしょう。

ではキューバは? 私たちはその姿を今から見に行くのです。

私たちはケイマンエアーに乗ってハバナ(英:Havana、スペイン語:Habana)へ飛びました。なんともオンボロい、寂れた空港に到着しました。おいおいこれが国際空港かい!? ってなくらいの、電気もろくについていなくて薄暗い・・・(※このネタは7月29日日記につながります)。

まず、書かなければならないのが、使われている通貨について、でしょう。

興味深いのは、キューバの物価の「三重構造」。
(1)CUC(兌換(だかん)ペソ。セウセと言ったりククと言ったり。)
(2)ペソ(人民ペソ、またはモネダナショナルを略してMNとも。)
(3)配給手帳所持者が一定範囲内の物資を買うときの価格。

(1)のCUC(クク)は、1CUC=25ペソというレートです。

旅行者が入国して銀行などで両替すると、(1)のCUCが手に入ります。CUCは、兌換通貨で外貨とのレートが固定されている紙幣です(2004年米ドル所持禁止に伴い兌換ペソへの一斉切り替えが行われた時点で1CUC=1USDでしたが、後に1CUC=1.08USDへ再固定)。私たちは空港内の両替所で、1CUC=24ペソというレートで、(2)の人民ペソを無事に得ることができました。

そうそう、兌換通貨って昔日本にありましたよね? おばあちゃんちかどこかで、金と交換できるお札があったような記憶があります。その兌換紙幣とキューバの兌換ペソは違うんですけど、いまどきなかなか「だかん」という言葉を使うことがなくて、懐かしくなりました。

さて次はキューバのお店について。キューバには、CUC払いの店と、ペソ払いの店があります。輸入物を扱う店や高級店、外国人客用の店などでは商品の価格はよくCUCで設定されていますし、そうではないローカルさ満載の店では、商品の価格はよくペソで設定されています。CUCを持たないキューバ人もいますが、両通貨を持つキューバ人も大勢います。

例えばCUC払いの店でラム酒を飲むと2CUC(232円)するところ、ペソ払いの店で飲めば1ペソ(5円)だったりします。同じようなものを飲んでいるのに数十倍の価格差は大きいのです。

ただ、キューバでは、お金の支払いの際、「CUCもペソも同様に扱う」ところが少なくありません。例えば料金表が5ペソだった場合、ペソを持っている人は5ペソ(25円)を払えば良いのに対し、CUCしか持っていない人は5CUC(580円)を払わなければならないといったケースが生じてきます。だから私たちは、空港で(つまり市バスに乗る前に)人民ペソを是が非でも入手しておきたかったのです。

もちろん、5ペソ分の買い物をしたいときに、1CUCを払って20ペソのお釣りをもらう方法も可能ですが、キューバの通貨に慣れないうちはそう上手くいかないかもしれません。

実際、キューバを旅する欧米人などで、人民ペソを得られていない人は多いように見受けられました。彼らは、1ペソ2ペソの買い物にCUC札使っちゃいますから、25倍のお金を支払い続けているわけなのです。チップにしたって、1ペソ渡せばすむところを1CUC渡しちゃうから、常に25倍の出費をする人もいるわけです。

そんなわけで、キューバに着いたら頑張って人民ペソを手に入れましょう(入国時空港で出来ると思います)。これ必須事項です。

さて、無事に空港で人民ペソを入手した私たちは、今日ホームステイさせてもらえることになっているロドルホお兄さんのお迎えで、ローカルバスに乗ってハバナ市内に出ました。市バスは1回乗って2人で0.8ペソ。1人2円よ2円! 市バスは安いよね!

さて、バスに乗って一緒に彼の家に行ったら、すっかり日が暮れてしまいました。かつてキューバが400年間のスペイン支配下にあったとき、スペイン支配の国々の中でも屈指の大都市だったというハバナは、本当に巨大な街なのです。目的地に移動するのに、ものすごく時間がかかってしまいます。

バックパックを持ってバス車窓から見たハバナの街は、芸術の夢の跡をたくさん見たかのようでした。まるでギリシャ建築のごとき優雅な彫刻を施した建物 -しかし半廃墟になったような、古い古い建物- ばかりが並んでいます。半廃墟になっても、それらは、商店なり家屋なりに今も使われています。

人々の住む家も、何と時代を感じさせてくれることか・・・。

ハバナ

 「時が止まる街」

1959年、革命政権樹立。1902年のキューバ独立以降介入していたアメリカと国交断絶、社会主義国家への歩み。
経済封鎖を受け、社会主義を標榜するゆえに企業競争もないキューバは、以来50年間、発展が著しく遅延しました。

今日、初めて見たハバナの風景は、これまで世界旅で見つめてきたどんな都市とも違う顔を持っていました。

かつてスペイン植民地の中でも指折りの大都市であり、欧州から北中米への玄関口でもあった大都市ハバナ。

街には、おんぼろアメ車がいっぱい走っています。まるでアメリカの置き土産、50年以上前の車です。映画で見るようなサイドカーも、よく見かけます。さらに、街には時々、あのときの革命の英雄チェ・ゲバラ(※)の肖像が描かれている。そうか、今、あの革命から丁度50年が経つのだなと、ふと思ってしまう。
※エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。1928~1967。アルゼンチン生まれの医師でキューバ革命の指導者

ロドルホの家は、狭いコンクリート作りの一戸建てですが、2階に上る階段から、2階の壁の一部が壊れたままです。築50年以上の家です。

ああ、其処彼処、時が止まった街、ハバナ。

ここに来て、目にするものが、シネマフィルムの中のアメリカ映画のようであり、街のすべてが廃墟のようであり。

もちろん今日見たものがハバナの全てではない。

明日からどんな旅になるのだろう、こんな国に来てしまった初日では、今は想像もつきません。
本日の旅
行動 :ケイマンレンタカー、ケイマンからハバナへ移動、ケイマン出国、キューバ入国
朝食 :パン、ハム、ザワークラウト、水出しほうじ茶/西の海辺
昼食 :クランベリーケーキ、トマトジュース、オレンジジュース、パンチ/機内
夕食 :chicharos(チーチャロス、豚の脂身入りさらさら豆ピューレ)、arroz blanco(アロースブランコ、白いごはん)、sardinas(サバのトマト缶を玉ねぎを加えて調理したもの)、Pan(パン)/ロドルホ兄さんち
宿泊 :ロドルホ兄さんち
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旅情報
1ケイマンドル=122円
1USドル=98.9円
1兌換ペソ(CUC)=116円
1人民ペソ(MN)=5円

*キューバの「ドル」
以前は外国人は基本的に米ドル払いでした。兌換ペソ(CUC)設定当時、1CUC=1USDで固定されていたためか、今でも国民の中には「1CUCで売る物」を「1ドル」と言う人がいます。
でも、もし料金表に「1$」と書かれていたら、それは「1人民ペソ」です。