エチオピアの旅を終えて100の質問 



生きた旅情報の要点をまとめた質問集があったらいいなと思い
国別の質問集を配信しました。
回答者様大募集です♪
HPを持っている人も持っていない人も

その国の旅を終えて100の質問

↑こちらのページを御覧ください♪


ハンドルネーム、性別、星座、血液型をどうぞ。
Azusa、女、双子座、A型です。

行った国はどこですか?
エチオピア

日程(年月日)と日数を教えて下さい。
2004年8月20日から10日間。うちエチオピア滞在は6日間。

その時期を選んだ理由は?
仕事をしているので、夏休み・GW・年末年始しか旅行に行けない。
その中で、8月は南部エチオピアの大乾季だった。


旅行形態は?(ツアー、事前手配の個人旅行、予約なしの個人旅行など)
航空券だけ予約してあとは何も手配していない、危なっかしい個人旅行。

訪れた場所をルート順に書いてください。
アディスアベバ→ジンカ→マゴ国立公園→ムルシ族の集落→カロ族の集落→
ムルレのオモバレーキャンプサイト→ハマル族の集落→トゥルミ→
カイアファール→ジンカ→アルバミンチ→アディスアベバ


そのルートを選んだこだわりポイントは?
エチオピア南部辺境地、唇に穴をあけて大きなお皿をはめるムルシ族に会いに行く。

その旅の人数と間柄を教えて下さい。
生まれて初めての一人旅です。

そこに行きたいと思った最初のきっかけは何ですか?
2003年のGWに、地球の6大陸を制覇し終えました。
(1999年から順に、南極→北米→南米→ユーラシア→アフリカ→オーストラリア)
だけど、アフリカ大陸はエジプトの旅。そこはアラブの旅だったと思える。
そのためアフリカらしいアフリカに行かなければとずっと思っていました。


そこに行くことになった決定打は何ですか?
アフリカの中でエチオピアを選んだのは、アフリカはエチオピア以外すべてヨーロッパの植民地になったため西洋文化が浸透しているけれども、エチオピアだけは独自の文化が生き残っているからという理由が一番の理由です。

そして、ムルシ族に会いにいくという、確固たる目的ができたことが決定打でした。


事前に活用した手配会社はありますか?(一部伏せ字でも構いません)
日本~バンコク往復航空券、バンコク~アディスアベバ往復航空券、エチオピア国内線、エチオピア査証(ビザ)の取得を、日本エアービジョンに委託しました。

その会社の評価を率直に教えて下さい。
JTBから紹介された会社だったので(JTBではエチオピア航空発券ができないと言われたため)極めてよかったです。何しろ担当してくださった方がエチオピアに何度も行かれているのが本当によかった。

ホテルの手配方法を教えて下さい。
予約しなかったので、その場で飛び込み式。

使用した国際線とクラスは?
日本~バンコク:JALエコノミークラス
バンコク~アディスアベバ:エチオピア航空エコノミークラス


その国際線の評価を率直に教えて下さい。
エチオピア航空、きちゃない(^^ゞ

搭乗したてで一番乗りでトイレに入ったのに、トイレは汚れが飛び散って。。。
でもその雰囲気がエチオピア航空らしくて、何だか大好きなのです。
あと、アフリカの人の体の大きさを考慮しているのか、
エコノミークラスでもスーパーシートっぽい広々さがありました。
これはよかった^^


現地国内の主な移動方法を教えて下さい。
首都アディスアベバから南部の街ジンカまでの往復航空券を事前に購入していました。ジンカから古代民族の集落までは、ジンカで4WDのランドクルーザーとドライバー2人をチャーターしてキャンプしながらめぐりました。ジンカからアディスアベバまで飛行機で戻ってもよかったのですが、折角エチオピアに来たのだから苦しくても地べた歩きをしなければいけないと思い、飛行機は利用せず、きたないローカルバスを2日にわたって乗り継いで首都アディスアベバに戻りました。アディスアベバ内の移動は、主要箇所への移動はローカルミニバス、行きにくい場所への移動はタクシー(交渉制)を使いました。

現地のガイドの形態は?
ジンカの街で、NTO(エチオピア国営旅行社)のエチオピア人ガイド2人を、車と一緒にチャーターしました。1人は親切で優しいおじさん(Mr.タムラット)、1人は優しくて素敵なお兄さん(Mr.タマスゲン)。2人ともガイド兼ドライバー券コックです。素晴らしいガイドに巡り合えました。会話は全部英語なので安心です。でも私が彼らを呼ぶときは『たむら~』『たますけ~』って、日本人の名前っぽく呼べたので、とても親しみやすかったの(*^.^*)

国内移動や現地ガイドの手配方法を教えて下さい。
エチオピア国内線の手配は日本エアービジョンに委託しました。
エチオピア国内のローカルバスの移動は出発前日にチケットを買いました
(これもすったもんだの一大騒動でしたが)。
ガイド手配方法は先ほどの通りです。


その国で使った(使われている)主要言語は何ですか?
アムハラ語

あなたはその言語に流暢ですか?
カケラも読めない書けない聞けない話せない。文字はまるで象形文字のよう。

言語対策はどうしましたか?
驚くことに、日本で中学校のときに習う英語程度ならエチオピア人のおこちゃまから大人まで、多くの人が喋れるんですよ。相手も私も高度な英会話ができないので、英語レベルがお互い同じらしく、イギリスやアメリカを旅するときよりもコミュニケーションが取れました。

海外旅行保険に入りましたか?
はい。いつもならクレジットカード付帯の保険だけで済ませる私ですが、今回は生きて帰ってこれる保障がいつもよりも低かったため(苦笑)、成田空港のATMのような自動保険カウンターで最高金額をかけてきてしまいました(^^ゞ

査証(ビザ)はどこで取得しましたか?
日本エアービジョンに委託しました。

予防接種はどこでしましたか?
東京検疫所で、仕事を少しだけ遅刻させてもらって黄熱の予防接種をしました。
(もちろんその日は残業で返す)


事前情報収集に活用したメディアや場所を教えて下さい。
地球の歩き方東アフリカ(エチオピアのページ数が少ないのですが、熟読しました)
旅行人ノートアフリカ(エチオピアのページ数が少ないのですが、熟読しました)
インターネット(エチオピアの情報が少ないのですが、熟読しました)


現地に持って行ったガイドブックを教えて下さい。
地球の歩き方東アフリカ(1冊まるごと)
旅行人ノートアフリカ(エチオピアのページのコピーだけ)
旅行記や旅行情報のプリントアウト(テキスト形式にしてぎゅうぎゅうに文字をつめてA41枚あたり8ページプリントアウトしたものを数十枚)


行ってみたら事前情報と違っていたことはありましたか?
それはそれはたくさん!
エチオピア人はバスの窓を開けないらしいが私の乗ったバスは窓全開だった(笑)。
料理の写真と名前の対応が違っていた。
ムルシ族の情報。
ジンカとアルバミンチの地図
(地球の歩き方~、縮尺も道順も間違いすぎてるよ~、怒るよ!)
ローカルバス運行状況
ホテルの値段
・・・その他、数え切れないと思う。
すなわち私は、情報を当てにせずさまようようになりました。


行くまで知りたくても知り得なかった情報はありましたか?
ムルシ族の集落へ行くための車を、ジンカのどこで手配したらよいか。
さらに、その手配が本当に確実に出来るのかどうか。
ローカルバスの運行状況と所要時間。
そして何より、私は生きて帰ってこれるのかどうかということ。


行く前のその国のイメージはどんな感じでしたか?
街はゴミゴミ、宿はダニだらけ、ツェーツェーバエの媒介するアフリカ睡眠病の恐怖。
ジンカはもっと狭い街だと思っていた(それは地球の歩き方の地図の縮尺があまりに間違えていたため)。アルバミンチはもっと広い街だと思っていた(それは地球の歩き方の地図の縮尺があまりに間違えていたため)。アディスアベバはもっと治安の悪い街だと思っていた(それはガイドブックの書き方が悪いため)。

ジンカより南西部は、辺境中の秘境と思っていたため、イメージすらできなかった。

なにより、『イメージできない』というのがエチオピアのイメージだった。


そこはイメージ通りでしたか?
いいえ。イメージした時点は、もちろん日本にいる私の観念で頭に映像を描いていました。でも、実際にジンカの街に降り立ったときのあのカルチャーショックは、イメージしようもありませんでした。また、アルバミンチもジンカもコンソもシャシャマネも、街は思っていたよりも広々としていました。ストーカー天国は、コンソやシャシャマネでイメージしていたので、まさかアルバミンチで遭遇するとは思わなかった。アディスアベバやジンカは治安がよくて、歩きやすかった。

あなたがその国で絶対に行きたかったところはどこですか?(いくつでも)
古代民族ムルシ族の集落。ああ、なんて水曜スペシャル探検隊(笑)

行って良かったところはどこですか?(いくつでも)
ジンカの土曜マーケット ムルシ族の集落 カロ族の集落 ハマル族の集落 世界遺産オモ河流域のキャンプ泊 トゥルミの月曜マーケット カイアファールの街 腐ったアルバミンチ

今回の私の古代民族探検のルートって、あとから知ったのですが、
「水曜スペシャル藤岡弘、探検隊」のルートとかなり重なっていたんですね。


訪れた世界遺産はありますか?
オモ川下流域

気に入った街や観光名所を教えて下さい。
やはり、ムルシ族の村でしょう。

でもここはジンカの街から近くてアクセスしやすいところにあるので、充足感は少ないのです。もし旅に充足感と夢見ごこちを求めるのならジンカから遥か遠くにあるハマル族の村、そして未開度の高い「古代裸族」の名前に似合うカロ族の村まで行く必要があると思います。


気に入ったホテルを教えて下さい。
ジンカのゴウホテル。

みんなが優しくて、最後はスタッフファミリーみんなとお友達になっていました。おばあちゃんにコーヒーをセレモニー形式で淹れてもらったり、子供たちと一緒に折り紙で遊んだり、みんなで1つしかないテレビを一緒に観たり。夜は大人たちとビール飲んで乾杯したり。アフリカの人々とのふれあいは一人旅ならでは。そんなよいホテルでした。

居心地よさ満点!


おすすめのオプショナルな旅を教えて下さい。
ジンカでクルマとドライバーをチャーターして、ムルシ族やカロ族、ハマル族の集落に行くこと。 何人か人を集めてチャーターするのではなく、自分一人のためだけにプライベートカーチャーターすると、行き先も、途中の寄り道も、何もかも自由にさせてもらえて、本当によい旅ができます。あと、私は金曜日に成田を出発したのでジンカの土曜市にぴったり到着します。エチオピアで最初に見る光景が、活気あるアフリカンマーケット(しかも数十種の民族の宝庫!)というのは素敵なものです。

おすすめのユニークな宿泊先を教えて下さい。
私の場合はアルバミンチで体験しました。1泊100円程度の女連れ込み宿(ブンナベット)に泊まって壊れたシャワーとくさすぎる絶句トイレとダニ&南京虫いらっしゃーい状態の部屋、土むき出しの床からは部屋の中でアリンコが行列を作るような、チョーきったないエチオピアを語る宿。そこらの街にぞろぞろあるので1泊ならオススメします。(なぜオススメかって…やっぱり汚い部分も体験しなくちゃエチオピアじゃないでしょ^^)

あとは、ムルレキャンプサイト。ケニアスーダンエチオピア3国の国境付近、世界遺産オモ河流域のキャンプ泊。ここは古代裸族『カロ族』の集落に近く、朝はやーく起きると、カロ族のお兄ちゃんたちが河のほとりのワニを案内してくれるなど、会話がまったく通じないのですが、コミュニケーション満点でした。


あなたの大きな荷物の形態と大きさはどんなかんじですか?
10Lくらいの、どう見ても小さいリュック1つでした。でも中身はギュウ詰めでした。 あとは、スーパーのビニール袋を使って水や虫よけなど頻繁に使うものを下げていました。

大きな荷物をホテル等に置いたあとはどんな荷物で歩きましたか?
メインはスーパーのビニール袋。
カメラ用にミニトートバッグも使いました。


その国に必要な必須アイテムはありますか?
うわー、たくさんあるよ~。
サバイバルシート、ダニアーススプレー、虫除けスプレー、虫除けジェル、蚊取りor蠅取り線香、ろうそく、ライター、マグライト、えーとえーと・・・

あと、シャワーが浴びられないこともあるので、サラサラパウダーシートの類も大助かりです。


持っていかなくて後悔した物はありますか?
なし。荷物リストアップは何ヶ月も気合い入れていったからね。

持っていって後悔した物はありますか?
なし。荷物リストアップは何ヶ月も気合い入れていったからね。

持っていったカメラやビデオはどんなものですか?
ニコンの一眼レフ(F80)、被写体が世界無二の素晴らしいものなのでレンズはエチオピアに似合わないくらいいいものを(ただし荷物重いです(^^ゞ)。

SONYデジタルハンディカム。やはり映像と音声、私の第一の感想をそのまま残したい。

三脚は両方に共用できる小さめのものを。


カメラやビデオに関するアドバイスを教えて下さい。
ムルシ族、ハマル族、カロ族、原始的な風景など、被写体がすごくよいので、よい映像を残すために、よいレンズやよいカメラにこだわってみると成功します。あと、彼らの会話や行動、自分と彼らとのふれあいの様子などを残すためにはハンディカムが必須と言えます。

ちなみに、彼らの村に出向いて彼らの写真を撮るときには1人2ブル(20円)を払わなければならないので、1ブル札100枚くらいは必要です。お店でのこの両替はかなり嫌がられるので、どうせならボレ空港で両替するときなどに入手しておくといいかもしれません。


オススメのカメラアングルやカメラスポットを教えて下さい。
ムルシ族やハマル族など、写真ばえする人々と一緒に自分が映ることかな。
あと、彼らと彼らが根付く大地と空を共に写すと、にわかに写真家気分です。


暑さ対策はどうしましたか?
白い長袖シャツ、帽子、黒くない靴、水を持ち歩く。…エジプトと同じ対策でした。

寒さ対策はどうしましたか?
ウィンドブレーカー。

高山病対策はどうしましたか?
アディスアベバは標高2400m。
何も対策はしなかったのですが、彼が以前ペルーのクスコ(3500m)で高山病にかかったときと似たような症状が軽く出ていたかもしれない(食欲不振)。


紫外線対策はどうしましたか?
毎日日焼け止め。あとつばの広い帽子。ちなみに中国で買ったこの帽子、折りたたむとペタンコなのに広げるとエレガントで素敵なのよん^^

感染症対策(虫、水、空気感染など)はどうしましたか?
虫→ベッドの布団に入らない。ベッドにダニアーススプレーをまいたあとサバイバルシートを敷いてその上でウィンドブレーカーを着て寝る。部屋は始終蠅取り線香を焚く。肌は24時間虫除けスプレーが効いている状態にし、衣服や髪の上からもスプレーする。

水→飲むものはミネラルウォーターが基本。炭酸水アンボもよく飲みました。コーラもビールもよく飲みました(笑)


飲み水事情を教えて下さい。
ムルシ族やカロ族のような種族の村を除き、どこに行っても水やコーラが売っていました。 なお、エチオピア南部の水は水道から供給されるのではなく、井戸水そのままを使っていましたので、不衛生である可能性があります。 (でもレストランの料理はその水で作られているんですけどねぇ)

現金、カード、TC事情を教えて下さい。
現金(エチオピアブル)の1本槍でした。US$ももちろん使えません。

現地での洗濯頻度を教えて下さい。
きれいな水があるところでは必ず洗っていました。

順に、ボレ空港×→ジンカ○→キャンプサイト×→ジンカ○→アルバミンチ×→アディスアベバ○ ちょうど、2日に1回洗っていたことになります。


くつは何を履いていましたか?
旅にスニーカーって「いかにも」ってかんじだから履きたくなかったんです(#^.^#)

モカシン風の真っ赤な靴を履いていました。
ちなみに靴下をはかず、ストッキングを履いていました。


寝巻きはどうしていましたか?
明日着る服を着て、厚手ストッキングをはいて(ダニ&虫対策)、ウィンドブレーカーを着て、全身虫除けスプレーまみれになって寝ていました。

お化粧またはひげそりはどうしていましたか?
それがですねー、毎日美しく化粧してましたわよん^^

ベース→UVカット乳液を2度塗り
ファンデ→クリニークのリキッドファンデに保湿ジェルをブレンドしたもの
パウダー→クリニークの固形ファンデをやわらかく乗せて
チーク→ブルジョワの32番
アイブロウ→シュウのダークグレー
リップ→手作りカラー薬用リップ


現地のトイレはなじめましたか?
普通に洋式トイレです。
でも手動で上部タンクから水を落とすものもありました。
くさいところもあります(それはアルバミンチ)。


現地の食事は口に合いましたか?
はーい(^^)/ エチオピアでは、インジェラばかり食べていました。

インジェラとは穀類の粉を水に溶いて醗酵させてからクレープ状に焼いたもので、ヨーグルトクレープに似ている?と表現したらいいでしょうか。その上にシチューや辛煮込み、ゆで野菜などを乗せて、インジェラで巻いて食べます。独特の味ではあるのですが、日本でも酢飯食べますから、主食がすっぱいのに不思議はありませんでした。シチューや辛煮込みがすごく美味しくて、インジェラ大好き☆になりました。(ただ、目黒や渋谷にあるエチオピア料理店のインジェラ&煮込みは、現地の味とは全く異なりました、念のため)


現地は時間に正確でしたか?
私の体験した限りでは、バスの出発時刻、ツアーなどのタイムスケジュールなどは時間に正確でした。噂に聞くほど悪くないじゃない(#^.^#) 。国内線のフライトが1時間遅延したのも雨天のためだったので、無意味に時間にルーズという感じはしませんでした。

ひったくりや強盗には遭いませんでしたか?
幸い、なし。

恐い思いをしたことはありませんでしたか?
アルバミンチのストーカー男たち。(怒)

私がバスを降りたら、男どもがかわるがわるずーっと着いてきて離れない(怒)。振り払っても、その数秒後には新たな男につきまとわれる(怒)。バスに乗ってもついてくる。カフェに入っても外でずっと待っている(怒)。電話をかけようとオペレーターつきのオフィシャルな場所に入ったら、「お前がここに来れたのは俺がついてきてやったからだ、金をよこせ」だって(怒)。あんたがついてきたんでしょーが!(怒)。男どもを撒こうと「カイロホテルを探しているの」とウソをついたら、街中で「カイロホテルはこっちだぞ」「カイロホテルはあっちだぞ」って声をかけられる。広まってるんじゃん(怒)。重い荷物を持って体力と神経の限界まで歩いたら倒れたくなってきたので、目にとまった敷地に入ったところ、幸いそこが宿だった。夕暮れ時刻になったら、これ以上つきまとわれたら確実に拉致されると思うようになり、結局その宿のレストランで食事をとった。夕暮れどきで辺りが暗くなってからは、恐くて宿の敷地から出ないようになってしまいました。その宿併設のレストランで食事し、食事の支払いをしようとしたら男2人に「今夜君とプレイしたい」と声をかけられる(怒)。夜中12時ごろにトイレをしようと部屋を出たら、部屋の前に男がいた(怒)。腐ってるぞ、アルバミンチ(怒)(怒)(怒)。ここまでされると、ほんとーに恐いんですけど(怒)。ちなみにトイレは夜3時、共有トイレまで歩くのも恐かったので、部屋を出たすぐ近場でいわゆる野ぐそ(失礼)でこそこそ済ませました

(^^;; ああなんてエチオピアらしいったら!


治安はどのように感じられましたか?
ジンカ→問題なし。
部族の村→問題なし。
アルバミンチ→腐ってる
アディスアベバ→問題なし。


物価はどのように感じられましたか?
安いですよー。

アルバミンチの宿は、1泊18ブル(200円)だし、12時間乗る長距離バスは46ブル(500円)だし(ちなみにメキシコでは5000円)、ビール1ビン3ブル(30円)だし、直径50cm(でかっ!)のインジェラに10種類くらい具を乗せたお腹いっぱいセット(バイナイヤト)で8ブル(90円)。炒り煎みたいなおやつ「コロ」は手のひらいっぱい買って0.1ブル(1円)


遺跡、寺院、教会などの建造物はどうでしたか?
今回はなし。

天体観測はどうでしたか?
ちょっとちょっとちょっとー素晴らしすぎー\(^^)/

エチオピア、ケニア、スーダンの3国の国境近くのキャンプサイトで星を見たとき、ハワイ島のマウナケアも及ばずの素晴らしい星空が見えました。最初はさそり座がきれいでしたが、夜中トイレ(これまた野ぐそ)のために起きたとき、8月なのにオリオン座とシリウスが見えました。エチオピア南部は夜数時間しか電気が通らないため、この辺は半径数百kmにわたって一切の灯りがないんですよね。それは、やはり、星が満点になるのもうなずけます。


ビーチやダイビングはどうでしたか?
今回はなし。

自然はどうでしたか?
何もない!これぞ秘境!!って、一人わくわくしていました。(#^.^#)

最古の人類が生活していたオモ河流域にたどり着いたとき、オモ河の反対岸に沈む夕陽…何百万年前から変わらない夕陽を見て感激しました。枝が生い茂る中をクルマで通って(クルマには始終ガリガリガリと傷がつく)、自然・・・もしくは原世界を走り抜ける旅でもありました。ただ、サハラ砂漠以東にあるエチオピアで、本来は緑豊かな大地溝帯であるはずな場所での地球砂漠化を実際にこの目で見て、危機感を感じたのも事実です。


動物はどうでしたか?
エチオピア南部では、プチサファリのようにいろいろなサバンナ動物が見れました。大型動物はいないようなのですが、でも国立公園管理事務所に行くと、拾われた大きな骨があったりします。

ショッピングはどうでしたか?
エチオピア最終日、首都アディスアベバで少々。すらりとしたエチオピア人に似合うロングスカート(真似してみたくなった)、コーヒー豆を入れる麻袋、エチオピア全土大地図、ラリベラジュエリーなど、ミーハーにお買い物♪

列車、電車、地下鉄事情はどうでしたか?
エチオピアでは隣国ジブチを結ぶ線路1つしかありません。
観光では乗らない人がほとんどじゃないかな。


飛行機事情はどうでしたか?
遅れるとかフライトキャンセルとか・・・下馬評ではいろいろと言われていますねぇ。
私が訪れた8月はアディスアベバの大雨季なので、各方面へのフライトが30分~1時間ほど遅れていました。 でも飛んでいました。


タクシー事情はどうでしたか?
ジンカ:タクシーは走っていません。
アルバミンチ:ここでタクシーといえばシェチャ地区とセカラ地区を結ぶミニワゴン車を指します。
アディスアベバ:個人タクシーが走っていましたのでよく使いました(交渉制)


バス事情はどうでしたか?
きったない、オンボロ、ゴミゴミ、オール黒人。こんなローカルバスに丸2日乗り継いできました。先ほどの質問のようにエチオピアには鉄道網がないためバス移動が主流です。

レンタカー事情はどうでしたか?
レンタカーオフィスも見なかったような。

インターネット事情を教えてください。
ジンカ:ネットカフェ見当たらず。
アルバミンチ:セカラ地区に1軒しかないというネットカフェは故障中。シェチャ地区に1軒しかないというネットカフェは接続落ち。使えなーい!
アディスアベバ:ブリティッシュカウンシルという立派なビジネス施設があり、快適なネット環境が整っている。


国境越え事情を教えて下さい。
越えていません

お天気事情を教えて下さい。
私が訪ねた南部エチオピアは、3~6月が大雨季です。はっきり言って、大雨季での旅は相当困難と聞いています。一方6~8月は大乾季にあたるため、日々灼熱ですが澄み晴れわたったよい天候のもとで旅することができました。ただしこの時期はアディスアベバ以北は雨季にあたるため、エチオピアの南部と北部ではベストシーズンがまったく異なるということになります。少なくとも、私が訪れたハマル族やカロ族方面への旅は雨季は厳しいと思います。なぜならこちらへのルートは、干上がった川の川底を走る箇所があるため、大乾季でないと走れない可能性があるからです。

何かその国ならではの文化鑑賞をしましたか?
ハマル族の集落に到着したら、村長をはじめ、みんなが独自の歌と手拍子で迎えてくれました。嬉し。日本の茶道のような、エチオピアのコーヒーの儀式(アボルブンナ)をジンカやトゥルミで体験し、そのまま美味しいコーヒーをいただきました。

オススメの現地の食べ物を教えて下さい。
やはり、インジェラです。
インジェラというのは穀類の粉の醗酵クレープのようなものなので、多くの食に共通しています。すっぱくてプスプス空気が入っていてねずみ色でしっとりしています。インジェラの上に乗せる具には何種類かありますが、私が美味しいと思ったものは、ティブス(さばきたての羊とピーマンを塩炒めにして上から溶かしバターをかけたもの)、カイワット(赤くて辛い香辛料バルバレと一緒に煮込んだ鶏のシチュー)、バイヤイナト(辛い煮込み、辛くない煮込み、ゆでじゃが、ゆで野菜、塩漬け野菜、チーズなど、数種類の具をちょんちょんとトッピングしたもの)


オススメの現地の飲み物を教えて下さい。
アンボ(エチオピア原産の天然炭酸水。しかも軟水なのでペリエよりも美味しい)

オススメの現地のお酒を教えて下さい。
タッジワイン(蜂蜜を醗酵させたワインなので蜂蜜の風味を残しながら糖分がない。うまい) 各種エチオピアンビール(私が気に入った順に、ベデレスペシャル、メタ、ハラル、ベデレ、ダシェーン、セントギョルギス)

何か日本食を食べましたか?
いいえ。ただ、長距離ローカルバス(12時間ずっと乗っている)の中で時折酢昆布をつまんでいました。

素敵なお土産(他人用)を教えて下さい
エチオピアでは購入しませんでした(その後の経由地バンコクで購入)

素敵なお土産(自分用)を教えて下さい。
エチオピアの金宝飾は有名。ラリベラジュエリーの大きめペンダントを買いました。 エチオピアはコーヒー発祥国。コーヒー豆を入れる麻袋を買いました。 エチオピア人女性はすらりとしたカッコイイ女性が多いのです。彼女らの真似をして、カッコイイアフリカ女性風のロングスカートを買いました。

失敗したお土産があれば教えて下さい。
なし。

現地で健康を崩したことはありましたか?
いいえ。便秘も下痢もせず、極めて絶好調でした。

ただ最終日のアディスアベバでサウナ&温泉に入ったあと、寒くて(標高2400m)すぐに湯冷めしそうです。アディスアベバの晩ごはんは、その寒さとちょこっと高山病っぽい感じがあって(食欲不振)、いつものようには食べ物が入りませんでした。


その対応はどうしましたか?
ウィンドブレーカーを着て、あたたかいニンニクスープを飲みました。

持って行って役立った薬を教えて下さい。
内服の薬では、ビタミン剤、美白用システイン&C錠剤。
外用では、何がなくとも虫除けスプレー。


現地で調達して役立った薬を教えて下さい。


ハプニングがあればいくつでも書いて下さい。
それがですねー、予想していたようなハプニングがまったくなく、と言いきっても過言ではないほど順調に旅を進めることができたんです。予備日をとっておいたのですが、予定より1日早くエチオピアを出国したほどです。

小さなハプニングといえば、アディスアベバで泊まったホテルに、小さなゴキブリがたくさんいたこと(TT)


そのハプニングの結末を教えて下さい。
朝おきたら、足の上がくすぐったかった(ーー)

もっと日程があれば訪れたかったところはありますか?
いいえ。エチオピアでやりたいことは、すべてやり尽くしてきました。

その国へ行ってから暮らしの変化はありましたか?
東京の水道水を美味しいと思って飲める。ありがたいことです。エチオピアの料理は凝ったことをしないんです。でも、マーケットで売っているたまねぎで作ったパスタソースの美味しさに卒倒しそうになったんです。 美味しい素材を、凝らずに調理すると本当に美味しいんだと実感したので、この精神を暮らしに取り入れるような心掛けが強まりました。

その国に行って良かった度は何%ですか?その理由は?
それはそれは100%です。
いままでこんなにいい旅があったでしょうか!


あなたがその国に再び行く可能性は何%ですか?その理由は?
0%

ムルシ族やカロ族の村に、いずれ下水道が整備されて学校が出来て流通が整って雇用制度ができていくことだとは思うし、そうなることを願う気持ちはもちろんありますが、彼らがそのような他のアフリカ諸国の人々に肩を並べるようになったら、もうそこに行く目的はありません。


その国の情報収集をしている人へ、魅力や感想を是非語って下さい。(長文OK)
アフリカ諸国はフランスやイギリスの植民地になった史実があり、女性はヒールの高いくつを履いてビジネスマンはスーツを着て・・・と、私たちと肌の色は違っても重なる文化を共有する国が多くなっています。私たちになじみの薄い西アフリカの地方都市でもそのような暮らしぶりが浸透しています。アフリカらしいアフリカを求めて来た人には、ここは本当にアフリカなんだろうかと疑問が残る場所であると言えると思います。牛を追い、電気のない夜を過ごし、裸で暮らし、独自の通念と独自の小宇宙の中で生きる…そんな古代から続くアフリカの土着的な暮らしも、ごく一部に残されるのみとなりました。

もしあなたがアフリカらしいアフリカを見たいと思うなら、今でなければその旅はできません。クルマと道路が整備されていない昔ではそのような旅は困難だし、近い未来には彼らは水道や電気、学校や流通を手にしてしまうことでしょう。

エチオピアはアフリカで独自の文化を守り抜いたアフリカ唯一の国であり、人類の発祥の地なのです。その土地をたずねること、そして、まるで古代にタイムスリップしたかのような光景に出会えること… 私は今では、エチオピアに行ってきた、という感覚よりも、遥か昔を旅してきた、という感覚をもっています。このサイトを見てくれた人の1%でも、古代への旅を実現してくれるとしたら、嬉しい限りです。


あなたのHPにその国の旅行記があれば、是非アドレスを記載して下さい。(トップページで結構です)
http://tabisite.com

あなたにメールを送って質問したい人がいたら、質問に答えて頂けますか?
もちろんです。

YESの場合はメールアドレスを記載してください。
このサイト内のメールフォームよりどうぞ♪

最後に一言お願いします。(疲れた以外で)
エチオピア、大好き♪


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