2人の世界旅 日々の記録

4年3ヶ月、1日も欠かさず綴った旅日記
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グアテマラ>2009年08月08日(Sat)
★メルチョールデルメンコス→ティカル
:: 旅821日め : 世界旅136ヶ国め : 和人222ヶ国め : あづさ152ヶ国め ::

■グアテマラの旅の始まり
グアテマラの旅が今日から始まります!
グアテマラの旅にはたっぷりと、何と何と1ヶ月もの時間を割くつもり。様々なやりたいこと見たいものがあるからです。

昨夜は、国境を越えてすぐのところにある宿に泊まったので、まずはかの有名なティカル遺跡へ向かいましょう。

国境の橋を渡ってすぐのところにあるバス会社は、特にスペイン語が不慣れな旅行者にはぼったくってくるので要注意。私たちは“流し”のフローレスFlores行きのミニバスに乗りました。国境とフローレスを結ぶ道路にはティカル遺跡へ向かう分岐があるので、その分岐で降ろしてもらうのが、バス代も時間も節約できる賢いアイディアです。その分岐から先はヒッチハイクを試みましたが、何と、ダメモトで声をかけてみた巡回警視中のパトカーをヒッチハイクできちゃいました(^o^;;

パトカーのおじさんに「ティカル遺跡に行きたい」と言ってみたら(会話はすべてスペイン語になります)、「途中までしか行かないけど」と言ってくれて、私たちを後部座席に乗せてくれたんです。パトカー助手席には他の巡回警官から随時報告を受ける、署長さんのような人が乗っています。私たちはパトカーに、まるで連行されるかのように乗っているので、当然検問もスルー(笑)、そして何とも不思議なことに、パトカーは、私たちをティカル遺跡の入場ゲートをくぐった先にある、チケット売り場の前で降ろしてくれたのでした。お別れ間際、署長さんは、「チケットはあそこで買えるよ」って言って・・・嬉しいナ。めちゃくちゃ幸先の良いグアテマラの旅が切り出せちゃいましたね(^_^)V

■マヤ遺跡の最高傑作、ティカル
ティカル遺跡にはキャンプサイトがあり、安宿価格で世界遺産の遺跡前に泊まることができます。拠点の街と言われるフローレスだって往復100km以上離れていますから、遺跡真ん前に泊まれるのなら、絶対それ、いい♪ 料金はテント持参で1人たったの30ケツァール。ティカルの物価(観光客プライス)を考えると神様価格です! 私たちは、マヤ遺跡らしさ満点のかやぶき屋根の下にテントを張り、荷物を置いて早速遺跡へ行きました。ティカル遺跡の入場料、1人150ケツァールは高いけど、全然気になりません♪

「マヤ遺跡の最高峰」と期待をしてきたティカル。これがあるからこそ、メキシコの観光が薄くったってへっちゃらだったってもんです。そしてティカルが終わったら、コバン遺跡(ホンジュラス)その他には多分行かないでしょう。それほど、最高峰とされるこの遺跡には、大きな期待を寄せている、ということです。

遺跡は広大な範囲に点在していて、観光客は鬱蒼としたマヤの森の中の道を歩きます。舗装なんてされていない、きっと昔そのままの道。雨期なので地面にコケが生えていてよくすべりそうになりますが、木が生命力豊かに根を張り巡らせ、ときに地上の滑り止めになってくれます。サルや珍しい鳥などもよく見かけられます。一本道ではないので、訪問の順序は、観光客次第。私たちはコンプレッホQ、コンプレッホR、コンプレッホP(コンプレッホは複合遺跡群のこと)を経て、4号神殿へ到着しました。

4号神殿が、ティカルで最初に登るピラミッドとなりました。こここそマヤ文明の最高峰ピラミッド、高さは70mもあります。ちょっと残念なのは、ピラミッドの石段ではなく観光客用に作られた木製の階段を登ること。残念なこととは強く思いますが、仕方ないですね。でも登り終えた後の高いところから見るマヤの密林の素晴らしさが、そんな気持ちを払拭してくれました。

ティカル遺跡で、実際に登れる大ピラミッドは幾つあるでしょう? 実際に登ったのは3つ。先ほどの4号神殿、傾斜が最もきつく昇っていてわくわくしっぱなしだった5号神殿、そしてきれいに整備されたグランプラサ(偉大なる広場という意味)に面する2号神殿です。現在はいずれも木製補助階段から登るようになっています。あづさのお気に入りは5号神殿。殆ど垂直に近い、ありえないほどの急勾配を階段を使って慎重に登るのですから、ピラミッドの上から見る風景は格別でした。何たってここティカルは、かつての巨大神殿都市。5つもの大ピラミッドがマヤの樹海から顔を出す遺跡なんて、他にありませんよ!

写真は1号神殿です。ここは登れませんが、広場を挟んで対面にある2号神殿に登ってこの写真を撮りました。ティカル遺跡でよく紹介されるのがこの写真かと思います。

ティカル

ティカル遺跡の歴史を簡単に書いておきましょう。
紀元前より人々が居住してきた地に、紀元後3世紀から9世紀に亘り祭祀都市(さいし、神々などをまつること)として発展。しかし他のマヤ文明が歴史から去っていったように、ティカルも忽然と衰退していきました。なおティカルが最も繁栄したのは8世紀とのことで、現存する多くの遺跡はこの時期に建造されていることが分かっています。何故高度な文明をもつ人々が忽然と姿を消したのか、繁栄を極めた巨大都市が何故見捨てられたのか、マヤの末期のことは、今も多くが分かっていません。

世界最高の世界遺産の1つに足を踏み込めたことに、今日は久々に「感動する心」が沸きました。

ただ、観光している間、和人が言った言葉、「あづさひょっとしてこの遺跡つまんないの?」

「ううん、感動してるんだよ」とは言いましたが、きっとあづさは、喜怒哀楽なく、淡々とこの遺跡を歩いているように見られたのでしょう。和人が「ちょっとあっち見に行ってくるね」と言うと、1人でベンチの上で仰臥して寝たりしたこともありました。

ティカル遺跡は素晴らしい。その素晴らしさはマヤの鬱蒼とした密林が支えている。その森は遥か古代からここにあり、偉大な遺跡と共存してきた。途中2度ほど降ってきたスコール(突然の強い風雨)だって、その雨に当たれば、自分が古代の人と同じ水を浴びているのだと、古代に強い思いを馳せることができる。

自分がマヤ人になったように当時の風物が見えてくるなんてこと、最近どんな遺跡を見てもなかった。1人でベンチの上で仰臥して、木々の擦音を聞きながら表情豊かな古代の石組みを見ていると、昔ここに仕えた人々がありありと想像できるのです(多分、昔読んだマヤの本のイメージが再沸騰しているのだと思う)。森、石、空気、水、何を見ても、ここにかつて繁栄を極めた人々の息衝きを感じられる、その“臨場感”は、大きくうねるような感動を、静かに静かに、心に作ってくれていた。そうして喜怒哀楽のない、静かでもダイナミックな感動が、自分がマヤ人と密林の気持ちに同化させてくれていたのですね。

でもマヤ人は何故ここを捨てたのか、どこに行ったのか、どこに行けば子孫に会えるのかは分からない。目をつむっても、森も石も、誰も教えてくれない。

誰か知っているのなら、教えてほしい。その史実を。
本日の旅
行動 :メルチョールデルメンコスからティカルへ移動、ティカル遺跡観光
朝食 :マヨネーズパン/宿
昼食 :Pan con Pollo(パンコンポジョ、ゆで鶏をほぐしてマヨネーズ和えにしてパンに入れたもの)/ティカル遺跡の中
夕食 :トスターダ(トレモラツァ(紫キャベツみじんぎりの酢漬け)や、アグワカト(アボカドピューレ)や、パスタ(トマトスパゲティー)を乗せたもの)/ティカル遺跡の前
宿泊 :ティカル遺跡のキャンプサイト
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旅情報
1ケツァール=11.9円

*ベリーズ国境からティカル遺跡への移動
メルチョールデルメンコス国境を越えたところより、バスまたはミニバスがフローレスまで出ている。片道1人25ケツァールだが、手前にあるティカルへ行く分岐で降ろしてもらったところ20ケツァールで済んだ。ここまで所要1時間強。分岐点からティカルの遺跡へは、フローレス発のトランスポートに途中乗車するかヒッチハイクとなる。所要時間40分。
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