2人の世界旅 日々の記録

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コソボ>2009年05月04日(Mon)
ベオグラード→ウスチェ郊外→プリシュティナ
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■一番新しい国へ
ユーゴスラビア解体から現在に至る流れは、4月27日日記(≫こちら)をご参考ください。

今コソボがある土地は、そもそも12世紀末にセルビア人がセルビア王国を建国(1)したところです。オスマントルコの占領に伴いセルビア人北方移動ならびにアルバニア人(そのほとんどがイスラム教徒)の入植が起こり、アルバニア人が多数派となりました。
コソボ独立前は、セルビアという1つの国に、大きなセルビア本体(セルビア人、正教徒)部分と、南部に小さなコソボ自治州(アルバニア人、イスラム教)があったのです。

「民族も宗教も違えば分割は簡単ね!」と思われがちですが、セルビア人は(1)の聖地コソボを手放せませんし、アルバニア人多数のコソボ自治州の中でセルビア系住民が抑圧されるのを阻止したいわけですから、コソボ独立意識の上昇と共に、やがて互いは衝突、コソボ紛争に突入します。

セルビア側はコソボ自治州内のアルバニア人の“民族浄化”を始めました。多数のアルバニア人難民が発生する中、世論のセルビア批判が高まり、遂にNATO(北大西洋条約機構)のセルビア空爆が開始され(1999年)、セルビア軍はようやくコソボから撤退。

そして、2008年、コソボ独立となりました。日本を含め世界数十ヶ国が独立を承認しています。

さて私たちのコソボ入国について。
一応ね、コソボ紛争の地ということで、緊張して臨もうとは思っていました。でもコソボ紛争終結以降何年も経つし、その間UN(国連組織)がコソボを暫定統治してきたので、物騒なことに巻き込まれることはまずないと思っての入国です。

12時、セルビアの首都ベオグラードBelgradeを出て、バスは緑豊かな大地を南下していきます。セルビアとコソボでは使用通貨が異なるため、「もうディナールを使うところはないから」と、途中の休憩所でセルビアディナールを使い切りました。よしよし(しかしこれが後日誤認と気付きます)。

16:45、セルビア側チェックポイント。セルビアはコソボを独立国として承認していない以上、コソボは自国という意識ですから、パスポートの手続きなど行うわけがありません。バス運転手に対するちょっとした会話(質疑?)があるだけであっさり通過。

16:50、コソボ側入国手続き。UNの軍人が大勢国境警備に当たっていました。パスポートではなく別紙に入国スタンプをもらいます。あづさがバスを降りて軍人さんにいろいろ質問しに行ったら、そのおにーさんは、イタリアのEU軍からの派遣だと言っていました。そして、ここを過ぎたら、ぽつんぽつんと、風景の中に赤と黒の旗 -それは間違いなくアルバニア国旗- や、青白赤の三色国旗が見えるようになりました。

ちょっと失態なのですが、私たちはセルビア国旗の図柄を忘れていて(いつも簡単な各国データ集を持ち歩いているのですが、その本ではセルビア・モンテネグロ時代の国旗しかなかったのデス・・・)、その三色国旗は、同じく青白赤の三色国旗をもつクロアチアの旗だと思ってしまったの。へークロアチア人の居住区もあるのねー、とそのときはその旗がセルビアの旗だとは思いませんでした。
(※でも後日、コソボジャーナリストのフランス人と対談し、その地域はコソボ内セルビア人居住区であることを確認しました)

18:35、首都プリシュティナPristhina到着。ちなみに(1)で書いた昔のセルビア王国の首都(プリツレンPrizren)とは違う街です。予定より1時間も遅れて到着したのは、プリシュティナ手前が道路工事のため大渋滞だったから。今日からルカ兄さんちに泊まることになっているので、そのお宅に向かう途中、それなりにプリシュティナ観光をすることができました。

プリシュティナ

道路を掘るところから道を造っていて、インフラ整備はこれからという感じです。てゆか! 其処彼処に穴!穴!穴! こんなに地面に穴があると危ないったらないんですけどっ(▼▼)!!←コケそうになった人の意見。

イスラムモスクがあるのは当然納得。アルバニア人(イスラム教徒)の国なのでね。そして、廃墟の正教教会があるのも納得。昔何かで、アルバニア人によるセルビア人(セルビア人は正教)関連建物襲撃というニュース? を見たことあります。

でも、街はそこそこお洒落です。古着屋の多さが目につきます(しかも安い)。これはコソボ支援のための援助の品も含まれるのではないかと思いました。


でもここは、人の笑顔とか、のびやかさとか、何と言うか明るい首都ですね。

「山を越えたら別民族になっているんだから、コソボは独立して良かったよ」とは、バスの中で和人が言っていた言葉です。今私たちの目に映っているアルバニア人(コソボ国民)も、きっとそう思っているよね!
本日の旅
行動 :ベオグラードからプリシュティナへ移動、セルビア出国、コソボ入国、プリシュティナ観光
朝食 :Pogaca(ポガッチャ、円盤状のでかパン)、コーヒー、ネギソテー/宿
昼食 :パン、ヨーグルト、マシュマロチョコレート/ウスチェ近郊のバスの中
夕食 :赤ワイン、パン、マッシュポテト、ビーフと野菜のトマトスープ、Peja(ピヤ、コソバビール)、ハチミツハーブティー、サラミ、カマンベールチーズ/ルカ兄さんの友達の家
宿泊 :ルカ兄さんち

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旅情報
1セルビアディナール=1.4円
1ユーロ=146.5円

*セルビアからコソボへの移動
私たちはセルビアの首都ベオグラードからコソボの首都プリシュティナまで移動した。ベオグラードで確認したところ、
1)プリシュティナへ行く列車はない。
2)バスは、12:00発17:30着、21:30発翌04:00着、22:00発翌03:30着の1日3本。料金は昼発が高くて(1820ディナール)、夜発が安い(1720ディナール)。出発して2時間半後および3時間後に国境チェックポイントを通過するため、夜発は眠れないことを覚悟した方が良いだろう。なお荷物代の別途徴収はなかった。