2人の世界旅 日々の記録

4年3ヶ月、1日も欠かさず綴った旅日記
 旅して » 2人の世界旅 »旅日記 » ギニアビサウ »
 旅して » 旅紀行 »旅日記 » 世界旅» ギニアビサウ »
ギニアビサウ>2007年12月09日(Sun)
ビサウ→バンバディンカ→ケボ→マンパタフォレア
:: 旅213日め : 世界旅44ヶ国め : 和人214ヶ国め : あづさ65ヶ国め ::

■田舎へ、挑戦
「ギニアビサウの田舎を、是非見たい」・・・このあづさの希望により、ギニアビサウ南部を目指すことに決まりました。

ビサウBissauからギニアの首都コナクリConakryに向かう場合、ギニアビサウから東部からギニアに抜け、「つ」または「コ」の字のように時計回りに迂回してコナクリへ移動するルートが一般的です。だから、ギニアから「↓」という感じで南部直下型移動をするケースは、珍しいルートといえます。

とりあえずの目的地はケボQuebo。町の地図も何も持っていないのですが、それでいいの。旅なんだもん。

さて、宿の近くからパラジェム(いわゆるバスターミナル)へ向かい、ケボ行きの車を見つけました。でも、アフリカの車は定員いっぱいにならないと発車しないことがほとんどで、今日は定員いっぱいになるまでに4時間も待たされてしまいました。そしてビサウを出たのは15時半・・・、おそー(>_<)

案の定、ケボに着いたのは夜、新月と1日しか違わない今日は本当の真っ暗闇です。バスの運転手に「この辺のホテル教えてください」と頼んで連れて行ってもらった場所は、隣の村、マンパタフォレアManpata Foreaというところでした。ここでは民家の個室を貸してくれる商店の主と話をしたのですが、7000フランという質の割に高額な価格の提示・・・うーん、空き地でテント張ったほうがよさそう・・・。

私たちは、暗闇の中、歩きました。

ここはどこだろう、まったく分かりません。このあたりは電気が供給されていない地域なので、道路すら見えない暗闇です。歩くのも恐いのですが、それでも2人で歩いて、1つの灯りを見つけました。それはモーリタニア人経営の商店でした。その商店に事情を話したら、「裏がドゥアン(税関)だから、尋ねてごらん」と教えられました。

そこは税関の職員宿のようなところでした。シャワーあがりのおじさんがいたので、拙いフランス語ですが、事情を説明したら、「僕の部屋に泊まっていきなさい」という有難い回答をいただけたのです。サブベッドを他の部屋に移し、おじさんは今夜そこで寝るのだそう。2人が十分に寝られる広さの、そして蚊帳つきの寝床は、本当に有難かったです。この村には電気が来ていないので、LEDスタンドライトも貸してもらえて、本当に助かりました。

夕食は、そのモーリタニア商店で買ったものです。疲れてへとへとのときに、甘いマンゴジュースはね、ホント美味しかった!(^^*

晩ごはん

この、マンパタフォレアという村は、どういう村なのかしら。今日は真っ暗で何も見えなかったけれど、明日この村がどういう風に私たちの目に映るのか期待に胸を膨らませながら、また1つ良い旅が出来た今日の1日に感謝しながら、2人で「今日は良い日だったね」と何度もいいながら、幸せな気持ちで就寝しました。
本日の旅
行動 :ビサウからマンパタフォレアへ移動
朝食 :ビスケット、現地コーラ/宿
昼食 :サンディス(魚の揚げ油を挟んだバゲット。切り口だけ詐欺のようにオニオンスライスをはみ出させている)/路上ごはん屋
夕食 :バゲット、オイルサーディン、トマトサーディン、マンゴジュース/税関の職員用宿舎
宿泊 :税関の職員用宿舎

関連ページ
行程 行程  お金 お金  写真 写真  お宿 お宿  ご飯 ご飯  ≫2人の世界旅トップ

旅情報
1セーファーフラン=0.25円

*ギニアビサウからギニアへの国境越え
(1)多くは、ガブ(ギニアビサウ)から東へ移動し、ギニアのクンダラかクンビアへ行くルート。
(2)乾季のみのルートとなるが、ケボから南下し、ギニアのボケに行く方法もある。
(3)海路もある。沿岸のブバケ島やギニアビサウ南西部のカシーニから、ギニアのカムサへ船が出ている。どちらも日曜日発との情報。
以上大雑把でしたが、詳しくは旅メモ(≫こちら)で。

私たちは最初(3)を狙っていたが、マンパタフォレア村の人に「次の船は日曜日」(つまり週1便)と教えられ、数日待ちとなってしまうことからこのルートを取りやめた。最終的には、(2)に似たルート(ただしガイドブックLonely PlanetにもMichelin地図にもない道を通る)を通った。