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■地球の隠れ家、タンナ島へ
「地球の隠れ家へようこそ」(≫
こちら)
もう5年も経つんだね。
あのときは、強盗に襲われて旅の夢もなくした辛い南米の旅の直後
嫌な記憶を変えたくて、新しい旅を作りたくて
・・・逃げるように南の島に行っていたのだと思います
でも、私を歓迎してくれたバヌアツは
国が平和で、人が平和で、皆の心が平和になれる
本当に幸せな“地球の隠れ家”でした。
「また、あの南の島の小さな探検旅をしたい」
その想いを、ずっとずっとずーっと心に持って、この大きな世界旅を始めた。
そして私は今日再び、この小さなタンナ島に降り立ったのです。
バヌアツという国は80個ほどの島の集合体で、タンナ島は首都のあるエファテ島よりもずっと南に位置します。今回は一応の土地勘があるからと(自分を過信しているだけですけど)、往復航空券を持つ以外はまったくもって何も用意せずにここに来ました。
バヌアツの諸島がかつて次々とキリスト教の宣教に陥落していく中、タンナ島の多くの部族村は改宗を拒み、それゆえタンナ島は今もバヌアツ諸島の中でも強く土着文化を残しています。伝統的な姿での踊りの披露が観光客に人気ですが、あづさはツーリスティックな旅は好みではないので、前回は「ヤーケル村、イーパイ村、ユニエル村のようなメジャー村は外し、あまり誰も知らないようなマイナー村で、ペニスケースをつける人々を見たい」と旅行会社に依頼してここに来ています。そして泊まった宿の少年が連れて行ってくれた村が、あづさには本当に素晴らしいところだったのです。
当時の旅メモノートは日本に置いてきている上、サイトの旅行記にもその村の名前は敢えて書かなかった。それが失敗。実にこのタンナ島の旅行については2年くらい前からネットでいろいろと探していたものの、肝心の村の名前も憶えていないので、ネットで得るピンポイント情報はほぼ皆無だったのです。ただ一度だけその少年がぽろっと言った村の名前が、「いあたぷ」っぽい名前だった・・・、ヒントはそれだけ。当時村の人がちらりとベッドつきの埃っぽい小屋を見せてくれて「2000バツで泊まれるよ」と見せてくれたとき、「泊まれるのならば、次はここに泊まりたい!」と思ったんです。その気持ちが今回タンナ島に来た原動力になっています。
先日、ニュージーランドのオークランドAuchland空港で無料配布されているオセアニア各国地図をもらって、驚きました。どのガイドブックにも載っておらず、ネットでも探しきれなかった「エタプーEtapu村」の名が、バヌアツ地図に記されていた!!!!!
さて、話をタンナ島到着に戻しましょう。和人も、特にあづさが愛着を持っているタンナ島での旅行程については完全に任せてくれていたので、あづさの希望通り、ヤスール火山に近い村、できれば、あの「エタプー村」に行くことに同意してくれています。空港から乗り合いトラックに乗って100バツでレナケルLenakelへ行きました。ここはタンナ島で一番栄えている村で、各方面行きの乗り合いトラックが路上で待機しています。でも、エタプー行きの車はおろか、ヤスール火山方面へ行く車はない。
さて、今からどうしよう。
まずはお昼ご飯を食べたらいいね。
でもどの家屋も商店も掘っ建て小屋のレベルで、近くを歩いていたおじさんに「レストランどこ?」と聞いて、お店を教えてもらいました。そのおじさんは英語が上手だったので(英語はバヌアツの公用語の1つです)、ついでに「私はエタプー村に行きたいのだけれど、そこへ行くトラックを見つけてくれませんか?」ともお願いをしました。
おじさんは私たちの食事の間、エタプー方面のトラックを探していてくれました。食後はおじさんのアドバイスの通り、ヤスール火山方面へ行く道が延びる分岐点へ行きました。そこで通る車に声をかければ、1台くらい火山の近くまで行く車があるだろうからということです。でもなかなかうまくはいかず、私たちは地面に座り込んで待ちぼうけ。
そうしたら・・・
おじいさんが1人、こっちに向かって歩いてくる。
「あなたはヤタプーへ行くのか」と。
きょとん。質問に反応できない。何が今起こっているのか。
おじいさんは、「私たちはヤタプーから来た者だ」と言った。
彼は・・・、こんな奇遇があって良いのだろうか・・・ヤタプー村の酋長だった。
そして村に行って泊めてほしいという私たちを喜んで受け入れてくれ、「一緒に行こう」とトラックの荷台に乗せてくれた。ここは推測だが、先ほどのおじさんが「エタプー村に行きたい日本人が2人いるのだが」とトラックの場所を聞きまわってくれ、それが、この酋長の耳に入り、迎えに来てくれたのではないかと思っている。
なお、オークランド空港配布地図の「エタプーEtapu」は誤りで、彼らはこの村の名前を「ヤタプーIatapu」と言う。あづさの記憶「いあたぷ」っぽい響きも、「ヤタプー」村のことだったのだ。間違いない。
バヌアツのように村社会が強力な地域では、旅行者が勝手に村に立ち入るなど到底できない。でももう大丈夫。私は酋長友人として、堂々と、あの幸せな“地球の隠れ家”へと向かえるのだから!
トラック荷台に酋長や村人たちと一緒に乗り込んだ。青年が1人、あづさのことを憶えていた。道中の景色も素晴らしい。大きなバニアントゥリー、ヤスール火山の眺望・・・雨が降ってきて、寒かったけれど、今日の奇跡の出会いに身震いするほど感激しっぱなしで、辛い気分など芽生えなかった。。
舗装されておらず穴だらけの道では振動も厳しくて、トラック荷台でうずくまるように我慢していたら、ヤタプー村に着いた。
ヤシの木で作るメラネシアンの木彫りの像(ヌクエドゥと呼ばれている)、2本の木で作るゲート、整然とした村のエントランス広場・・・。嬉しい、美しい、あのとき見た村だ、嬉しいな・・・。
2人で泊まれるバンガロウも蚊帳付きで清潔(上の写真の少女の後ろにある建物です)。村人はみんなが優しい。英語が殊に上手な青年マイク(先ほどあづさを憶えていたと書いた人)が、私たちのお付き(窓口)になってくれる。料金の交渉の際も「昼食は1人750バツ」と言われたけれど、「村の人と一緒のものでいい、毎日タロイモでいい、観光客用の食事なんて要らないから」と言うと、料金なしで全食出してくれることになった。きっと観光客にはスパゲティーやサンドイッチ、フライドポテトなど、彼らが普段食べないものを出すつもりでいたのでしょうね。
和人も、旅メモのページ(≫
こちら)に書いてくれた通り、本当にみんなが優しいんです。疲れた心があっても、ここに来れば大丈夫。
そんなみんなとの触れ合いの様子は、また明日からの日記で綴っていこうと思います。
今日は、無謀にも何の予約もなしに飛び込んだにもかかわらず、ありえない奇跡で、最高の人の縁があって再びヤタプー村を訪問できた。
ホントすごい。酋長がじきじき会いに来てくれた。今日はその奇跡に、予想もできないほどのミラクルに、そして、強く想い続けてきた夢が叶ったことに、ただ、ただ、胸が一杯です。
本日の旅
行動 :ポートビラからヤタプー村へ移動
朝食 :クレープ、ココナッツシロップ、トースト、ジャム、コーヒー/ミカエルおじさんち
昼食 :ライス、Soup Meat(スープミート、牛肉チンゲンサイの汁だく炒め)/レナケルの食堂
夕食 :タロ(タロイモ)、カビジ(チンゲンサイに大根の葉の味が入ったような野菜)と牛肉の炒め物/宿
宿泊 :トロピカルリトリートバンガロウTropical Retreat Bungalow
旅情報
1バツ=0.91円
*タンナ島の島内移動
バスやタクシーはないので、トラックに声をかけて荷台に乗せてもらう。これが島の人々の公共交通手段の如くである。ちょっと乗ったら100バツを目安にすると良いだろうし、事前にドライバーと交渉しておけばトラブルはない。レナケルからヤスール火山周辺の村までは地元民は500バツだが、ツーリストには2500バツを請求する協定みたいのがあるらしいので、うまく交渉しよう。