かくれプチ

* by azusa *
■ご挨拶
「かくれプチ」よくぞ発見してくれました(笑)! 旅に出て、もうすぐ1年。今までもオフラインで綴ってきた、他コーナーとは少々味の違う私の徒然草を、こちらに記していこうと思います。
旅をしながらのプチ日誌なので、“旅してプチ日誌”とも呼んでいますが、こそっと更新しているので、「かくれプチ」とも呼んでいます。
*since 11may07
  ima 'tabisite' imasu.

*archives




©2007-11 azusa

2007年12月24日

メリークリスマス!

西アフリカ3大内戦国の一、シエラレオネでメリークリスマスです(涙)。

水道ないし、電気もないし、ひたすらイモの葉食べているし(涙)。
でもいいの、こんな国に来られたことがハッピーなの(涙)。

2007年12月10日

文化の違いに衝撃を受けることがカルチャーショックというならば、ギニアビサウの旅は、カルチャーショック、なのかもしれない。

上手く言えないけれど、なんだか、国がかわいそうだ。首都だって電気と水供給が悪く、田舎はもっともっと悪い。マリ、ガンビア、セネガルからやってくると、それらの田舎よりも、ここの田舎のほうが、物資の供給も格段に悪い、ような気がする。

人々が優しいことが、私に、一層強いカルチャーショックを与える。

2007年11月26日

大西洋の楽園、カーボベルデに来ました! もと無人島だったところにポルトガル人が入り、アフリカ人との混血が、今につながってます。ポル人の陽気さも引き継がれていて、マリやセネガルからやってくると楽園度が違います。

でも、マリでもセネガルでも、ひたすら観光三昧してきました。再び西アフリカに戻ったら砂っぽい地べた移動が続くでしょうから、カーボベルデでは特大ロブスターでも食べて、旅の栄養をつけることにします。

2007年11月18日

今、バマコで宿題やってます。

このさきカメルーンくらいまで、20ヶ国分くらいの旅日程を決めています。これが決まらないと所持金が決まらないし、ビザ取りの順番もおかしくなる。

でもさ、そんな先まで分からないよー。・・・と愚痴る気持ちを抑えて、もくもくとガイドブックで、このルートは実現可能か、このルートとこのルートはどちらが安価か、といったことをひたすら検討しています。旅の柱になるので責任重大。

2007年11月04日

普通モーリタニアから南下する旅行者はセネガルへ素直に行くものですが、私たちは良い移動方法もないマリへの国境越えに成功しました。夜は路上のゴザやら作業用のビニールシートの上で寝て、ギュウ詰め乗り合いタクシーでアフリカの酷暑を丸4日。手元の水は命のために必要で、70時間くらい歯も磨けなかったから将来の歯周病が心配ですが・・・。

でも、感想は?と聞かれたら、「楽しかった!」と答えます。こんなレアルートの旅、楽しいに決まってんじゃん!

  

  マリといえば、昔から仮面文化をイメージしていました。
  やっと会えたね!

2007年10月26日

モーリタニアの世界遺産、シンゲッティに来ています。満月の夜にここに来ることは1つの目標だったので、達成できてほっとしています。地雷いっぱいの国境緩衝地帯をヒッチハイクで渡り、鉄ススだらけの鉄鉱石列車の貨車に無料で乗り、ついでに終点の砂漠の町に行き、休む間もなくここまで来たので、本当に疲れています。

  

  疲れたままサハラ砂漠に出たら、気持ちよく昼寝してしまったの図
  愛用ルイヴィトンは強度があるので、旅ではよく枕になりますの図

2007年10月21日

モロッコでは、モハメッドおじさんちに2泊3日、美味しい&楽しいの連続の時間を過ごしました。

今いる西サハラは、世界の約半数の国に承認されていて、そうでない国には承認されていないという、複雑な国です。首都ラユーンは建物すべてがピンク色で、遠くから初めて視界に見えたとき、サハラ砂漠に浮かび上がる桃源郷とマジで思ったほどです。

西サハラからモーリタニアへは、公共移動手段がないので、さてどうやって移動しましょうね。

2007年10月7日

スイスからスペインに入り、とうとう今日、アフリカ大陸に上陸しました。

和人の誕生日なのですが、ラマダン(断食月)なので食べるものがありません・・・。モロッコ(イスラムの国)なので飲むお酒がありません・・・。ゴメンネ。

2007年9月27日

15日間列車乗り倒し、ユーレイルパスの旅を終えました。昼間観光、夜行で移動、観光、観光、観光の連続で、15日間で15ヶ国をめいっぱい見てきました。

疲れたけど楽しかったけど、疲れました。

物価高のスイスもなんのその、お友達の家があるのでしばらくジュネーブで優雅に過ごします。15ヶ国分の整理を、しなくちゃね。

  

  移動行程考える和人と、横ちょこんのあづさ(笑)
  かくれプチならではの大サービス画像!
  ヨーロッパ鉄道の1等車両は素敵です。

2007年9月11日

フランス人のお友達の家に来ています。

友達とはいえ、彼らは去年北朝鮮旅行のとき寝台列車で同室になっただけの夫妻です。
その後はメールで交流し、今日に至りました。

フタを開けてみたら国のお役人さんだったという、その超強力サポーターに着いてきてもらってアルジェリアビザ取得にトライしましたが、それでもだめだったので、この国では私達がどんなに頑張ってもビザは取れないと、諦めることができました。

宿泊費の高いパリで1週間も滞在させてもらえたことも嬉しいけれど、彼らと一緒に“共働きでもできる家庭のフランス料理”を教えてもらったことのほうが、遥かに、嬉しい。

  

  画面の外には赤ワインがボトル2本。
  家の中にはワインが切らさずストックされているのよ。おフランスですから。

2007年8月31日

今はガンジーという国にいます。英王室領なのですが、英国領でなくて英王室領ってのが、スゴイですよね、家族所有かいな。でも自治権を持ち、国と承認されている(ISO国コードをもつ)、新しい国でもあります。

英国まわりにはこういった小さな国家が多く、てんてんとめぐってきました。

次の国は? とうとう、フランスです!!! 待ちに待ったヨーロッパ大陸本土へ上陸します!

2007年8月18日

英国はご存知4つの行政区に分かれていて、そのうちの1つがスコットランド地方です。スコットランドだけの紙幣を作ったり、そろそろ独立したがっていたり、そしてその中心都市がここエジンバラです。

キャンプサイトは、人がひしめきすぎて好きじゃない。雨ばっかり降って、好きじゃない。サクっと悪魔の要塞のようなエジンバラ観光を済ませたら、ジャイアンツコーズウェイを目指して別行政区へ移動してしまいましょう。

2007年8月14日

英国の北の果ての小島、シェトランド諸島で悩みに悩んだ結果、船でオークニー諸島に行き、インヴァネスを目指すことに決まりました。ここは世界遺産ストーンサークルもあり、巨石文化が目白押しです。

  

  でもこうしたふとした街の光景が、たまらなくすがすがしく感じる。
  カークウォールの街角にて。

バックパッカーって、英国になかなか行かないんだよね。
でも英国、すごくいいよ。お金かかるけど。

2007年8月6日

英国の北の果ての小島で、ド寒い中辺境をうろうろと旅しています。

北欧のキャンプサイトはキッチン付きばかりだったんだけど、英国のキャンプサイトは基本的にキッチンがありません。よって持参のコンロを使って自炊となります。コンビニでサンドイッチ2つ入りが4ポンド(1000円)もする国だから、外食1人40ポンド(10000円)ペース・・・。

でもね、聞く話によると、国民にとっては、「1ポンド100円感覚」なんだって。へーなるほど。それならコンビニサンドイッチ400円感覚、外食1人4000円感覚、なるほど理解の範囲内だわね。

世界的ユーロ高は、ポンド高も招いていて、私達には大痛手の日々なのです。

2007年7月29日

世界で一番物価が高いかもしれないノルウェーに来ています。しかもこんなところで、船の予約が10日先のしか取れず、停滞決定・・・。

ソグネフィヨルドのお膝元の町で安いキャンプサイトを見つけたので、トレッキングしながら、フィヨルド周辺をうろうろしています。

2007年7月14日

とうとう私達は、長い間互いが来たいと夢見てきた「世界最北の国」に上陸しました。

スヴァールバルの首都ロングイヤービエンは北緯80°。例えば南極クルーズで普通訪れるのは南緯63°くらいまで。それでも南極なのですから、北緯80°というのは想像を絶するくらい極点に近いことが、理解できるでしょうか?

すごいところです。視界に入る一面の真っ白な氷河が、地球の美しさをありありと見せてくれています。永久凍土の上にテントを張って、1週間のキャンプ生活となります。

  

  対岸の、白い氷河群が、素晴らしくて。

2007年7月7日

なんだか痩せたなぁ・・・と、シャワーを浴びるときに思ってしまった。

キャンプが続いているからでしょうか。
物価がハイパー高いスウェーデンでつい買い物をケチってしまうからでしょうか。

2007年7月5日

ここオーランドはもともとスウェーデンで、その後フィンランドと共にロシア領になり、ロシア革命のあとフィンランド内で自治政府をもつようになった国です。「民族はスウェーデン人で、ロシアを経てフィンランド領の国」、複雑ですよねぇ。

島を結ぶ船は無料だし、ヒッチするとみんな快く乗せてくれるし、激しく移動しても、交通費0! よいでしょ♪

オーランド名物パンカカ(厚いパンケーキ)を忘れずに食べ、船でスウェーデンへと向かいます。

2007年7月1日

フィンランドではアウランコ湖畔で森と湖の無銭キャンプ生活、そしてティモおじさんちで本式フィンランドサウナで汗を流し、キュートな子供達と一緒に遊んだり、自転車を借りて世界遺産までサイクリングをしたりと、一転して夢の生活。

物価高のこの国で、実に安く過ごせています。

2007年6月23日

バルト三国をとんとん拍子で移動し、世界遺産めぐりをしました。名物“泥風呂”ももらさず体験しました。

そして、北のタリンから船に乗って、北欧の旅が、ここヘルシンキから始まります。

北欧からは、“世界最北の国”を経由して英国とその周辺国を旅し、船でフランスに上陸するのは9月の予定です。フランスまでは世界最強の物価高との戦いが続きます。はぁっ(ーー; ガンバラネバ

2007年6月15日

すげーポーランド! 駅にツーリストインフォメーションがあるし、ちらほら英語も通じるし、スーパーで買い物するとビニール袋をくれるし、観光地に行くと観光案内のチラシがある!!! すごすぎるぞポーランド!!!

・・・カザフ、ロシア、ベラルーシという旧共産圏から、単に普通のヨーロッパにやってきただけです。
こんな、比較的普通なことに、めっちゃ感動したのは、実話です。

2007年6月9日

東欧で、最も個人旅行がしにくい国、ベラルーシにいます。だってビザ取りにくいんだもん。こういうところってある意味秘境ですね。私たちは、ネットでベラルーシ人を探してメル友になり、彼の協力で知人訪問ビザを取得するという裏技により、只今ベラルーシ満喫中です。

言葉がぜんぜん通じないおばちゃんの家に泊まり、それでも仲良く一緒にスーパーマーケットに買い物に行ったりして、ベラルーシのお宅突撃満喫中です。

あづさ誕生日は、こんな国でお祝いしました。

2007年6月2日

共産主義の名残目白押しのモスクワは、モスクワというひろーいひろーい美術館の中に青空天井とお日様ライトがあるような、もんのすごく素敵な街です。街自体が美術館なもんだから、目にするいろいろなものの1つ1つが見逃せません。

  

  ボリショイ劇場でセレブ妻気分、笑

旅をしながらサイト更新をするために、旅に出る前からも準備はしてきましたが、まだなかなか作業ペースがつかめません。ガイドブックも読みたいし、デジカメ写真の保存も必須だし。大変だにゃあ。

2007年5月24日

中国からカザフスタンへ行くには、列車に乗るのがポピュラーな移動ですが、私たちはマイナールートを進むべく、コルガスからの入国を試みました。

ウルムチからコルガスまでの風景が美しすぎて、ノックアウト。
今思い出してもヨダレで服が汚れるほど、美しすぎました。

2007年5月20日

中国の4000km列車に乗り、憧れのシルクロードに来ました。
いろいろ検討して、トルファンを選びました。そして、それは正解。

  

  長く続く葡萄棚の下で勉強する少女たち

2007年5月13日

北京では友達の家に泊めてもらい、中国家庭の中華料理の作り方を教わりました。
北京にいるんだから観光すれば?って思われそうだけど、
食べ物はその国の大事な文化と確信する私には、これで良いのです。

友達とはいえ、彼女は去年北京旅行のとき麺屋で相席になっただけの女の子です。
その後はメールで交流し、今日に至りました。

北京では、次の国のビザを取って、いくつかの世界遺産観光をする予定です。

2007年5月11日

世界旅、スタート! そして、かくれプチも、スタートです(笑)!
(実際の公開開始は旅立ちから1年近く遅れてからになりました)

通勤の満員電車にバックパックで乗るのは大変でしたが、それも日本のスタートらしい光景でした。

  

  船内で食べるあづさ手作りお弁当。準備と平行して作っていたら一睡もできなかったの。
  梅干おむすび、塩ジャケ、ぬか漬け、鶏もも肉とししとうの中華味塩炒め、ゆで卵と塩。

「かくれプチ」、これからも、よろしくね♪