旅のハイライト by あづさ

あづさの選ぶ旅のハイライトをピックアップしました。
並びは訪問順。
世界最北の国
 北緯78度、人類居住の最北の地。夜中の2時でも3時でも空高くに太陽。永久凍土にテントを張り人類未踏の氷河を眺めていた。他では絶対に真似のできない体験だと思った。長い憧れを、スヴァールバルは見事に昇華させてくれた。
王様の家
 西アフリカはナイジェリア。そこには数々の「アフリカの王国」がある。王国の土地は欧州が恣意的に敷いた国境線とは関係ない。もっと人々に大事にされる場所があった。幼少の頃に読んだ「アフリカの古代の王国」のイメージに重なる王国の体験をし、王様の家に泊まり、私はここに本当のアフリカの姿の一端を見たと思った。
ヒンバ族の赤い村
 アンゴラ南部からナミビア北部に分布する、赤土を肌や髪に厚く塗るヒンバ族。ナミビア北部の宿の、1枚のヒンバ女性の躍動的な写真が涙を誘うほど素晴らしく、宿のオーナーに頼んでヒンバ族の友人を紹介してもらい「観光客の来ない村」に泊まった。「水のないところには人は住めない」と思っていた常識がここにはない。水のないところで、食べ物のないところで、ヒンバ族は、赤く美しく暮らしていたのだ。
未知なる道を・1 内戦のコンゴ東部へ
 アフリカ中央部、コンゴ民主、旧ザイール。この巨大な国を旅するルートは主に東部となった。反政府勢力地域でどれだけ道を進めるか分からないが、行く先行く先で情勢を確認し、陸路水路と駒を進める。そしておばさんとの出会い。彼女の家に泊まり、絵に描いたザイールの暮らしに溶け込み、ザイールの先住民まさかのピグミー村の訪問も達成し、夢の数日間を過ごした。
未知なる道を・2 南スーダン~ケニア北西~エチオピア南部
 ハイライトを1つだけ選べと言われたら間違いなくこれである。昔エチオピアで買った地図に、エチオピア最南西部に、道があった。「夢の裸族地域に国境を越える道がある」・・・不可能とされる道に憧れ続け、そして挑戦へ。南スーダンジュバから始まり、裸族の村を転々とし、地図にない地名を追い、そして「トゥルカナ湖西岸国境越え」に成功!! 後にも先にもあれほど「自分たちで旅の道を切り開いた」体験はない。
エスキモーの暮らし
 北極に近い極寒の環境で生きる人々。幼少の頃からエスキモー/イヌイットに関する本を読むも、私はそれを遥か遠い別世界だと思っていた。しかしグリーンランドで出会った! 彼らの暮らしに入っていけるようになったきっかけは、意を決して村人に話しかけた「私はエスキモー料理を食べたい」の一言であった。
世界最高所の湖、「浮かぶ家」
 南米ペルーのチチカカ湖は、汽船が運航する湖として世界最高所、標高は4000m近い。植物で浮島を作って暮らす先住民がいる。観光地として宿を設営している島もあるが、私たちは船漕ぎのおじさんに直談判して、温かい家族の家に泊まらせてもらうことになった。青い空と薄い酸素の下でアイマラ族と暮らしたウロス島の旅。
秘境バヌアツ
 太平洋諸国で最も秘境度が高いのがバヌアツの離島ではないだろうか。タンナ島で、火山の麓のとある村に行きたくて乗合トラックを探していたら・・・大きな奇跡が起こった。村の酋長が直々に、私たちを迎えに来てくれたのだ。ペニスケースの踊り、森の暮らし、女人禁制の伝統カヴァを交わす夜(和人のみ)、世界で最も間近に見られる活火山ヤスール。
中国八大料理
 旅の時間が限られてきた終盤戦で挑戦したのが「中国八大料理の探求」であった。モンゴルも中央アジアもアフガニスタンやパキスタンも行きつつ中国美食の8つの省をすべてめぐる、なおかつ1回あたりのノービザ滞在期間が15日間しかない制約の中で、成果は結実した。訪問順に、広東、福建、安徽、浙江、江蘇、山東、四川、湖南の8省。食べた、学んだ、食べた食べた食べた!・・・その合間に香港や台湾にも行って美食旅。すごいことになっていました。
未知なる道を・3 アフガニスタン
 アフガニスタンへ行くことは、今回最後の「本当の旅」だったと思う。訪問した地へ個人旅行者が入国する記録が、特に日本語では見当たらず、何があるかも分からない状態で踏み込んだ。しかし「当時唯一安全なアフガン」とされるその町にはアフガン各所から平和を求めて来る人々がいる。小さな町でも大きなアフガンがある。見事に保存された、土着的なパミールの暮らしとアフガン文化が素晴らしかった。
*次点は、インドネシア(イリアンジャヤ)、フィンランド(キビキュラ)、トーゴ・ベナン国境越え。
05Dec2011
©2008-11 Kazuto