エピローグ 


エチオピアの旅を選んだ目的、
それは古代から続くエチオピアのLast tribe(残された種族)でした。

だから私は出発前、できるだけエチオピアを南下し、
できるだけ遠くに、できるだけ秘境と呼べる秘境に行きたいと思っていました。
そして私は、この旅を何年後などという後まわしにしたく、
とにかく、すぐに行っておかなければと思っていました。


*


アフリカの旅の情報収集をしているとき、今まで頭で描いていたようなアフリカらしいアフリカが、
ごくわずかの地域に残されるのみとなっていることに、驚きを感じ続けていました。

今やアフリカの多くの都市では、ビルが立ち並び、ビジネスマンがスーツを着て歩き、
道には車が走り、家庭では合成樹脂を見かけないところなどない、
ジーンズやTシャツは、日本やアメリカのそれと同じ感覚で普通に着られていて、
街の店の看板は英語やフランス語のスペルが往来している・・・

そんな、日本でも当たり前な光景がアフリカでも当たり前になっていて、
土着的なアフリカは消え行く姿となっていることを感じました。

そう、世界の文明差が恐るべき勢いで縮まる今、
古代人類を感じる旅は、もう、あとどれだけ経ったら見られなくなるのだろうと思うと、
私は、エチオピア南西部の旅を、出来るだけ最優先させたかったのです。


*


私は半砂漠化したエチオピアで、種族の生きる姿を見てきました。

時間軸を後ろ向きに下がった辺境の先で見たものは、
時間軸の前を見て暮らす種族の数々でした。

そして8月のアフリカという灼熱の大地に立つ私には、ヘッケルの学説が頭から離れませんでした。




私が思い出していたもの…
それは生物学の用語にある『系統発生と個体発生』というヘッケルの学説。
簡単に言うと、魚がヒトになる何億年もの歴史(系統発生)が
母体の中では数ヶ月で形成される(個体発生)というものです。

これが、カロ族やハマル族、ムルシ族の姿に、とてもとても重なるのです。

きっと彼らは、恐らく50年も前は、1000年前、1万年前、
もしかしたらそれよりもっと前の暮らしと同じ暮らしをしていたことでしょう。
しかしこの20年、30年の間に、探検家によって発見され、
フォトグラファーの焦点になり、観光客が訪れるようになってしまった。


そのわずかな間に、彼らは便利な道具に出会い、形ある衣服に出会い、
自然には存在しないない材質の生活用品に出会い、そんなことの連続だったことでしょう。
まるで、人類が100万年かけて築き上げてきた系統発生的な文明が、
彼らのもとにはわずか数十年で流れ込んでしまうのですから、それは恐るべし個体発生的な混乱・・・

*

私が訪れたとき、文明は、集落の位置により差はあるものの、確実に彼らの暮らしに浸透していました。
さらに、木を焼き、道を広げ、車が通れる道を作る彼らの暮らしは、
西洋文化の入り混じる地域のすぐ近くまで来ていたのです。

きっとあと何年もすれば、近くの街との物流も栄え、文明社会との壁を消してゆくことでしょう。
さらにいずれは上水や下水、物流や教育、労働と納税といった政府の施しを受け、
私たちと同じ通念概念観念を得て、一層地球全体文明差が失われていくことになるでしょう。


それが寂しいだとか、もったいないだとかは、ぜんぜん思いません。
ハマル族の大集落であるトゥルミの街には電気が流れ、
ハマル族の小さな辺境集落には学校があり、
彼らの暮らしの水準が向上してきている様子に、私は、心から「良かった」って感じました。
そして、もっと一層一層、物流や医療や教育で潤うといいなと感じてきたのは本当に事実です。


でも、そういう文明の流れをめまぐるしいスピードで受け取る彼らは、混乱していないのでしょうか?


私が、彼らと接してきて感じた限り、彼らは、昔と今と未来が交錯するるつぼの中で、
困惑ながらも、精一杯に文明が運んでくるものを受け止めようとしているように感じ取られました。
ああ彼らは未来を見ているのだと、感じ取ってくることができたこと、




これが今回の私の旅の、何より大きな宝物なのです!!





*



今の地球に、これだけドラスティックな人類学が感じられる土地があるでしょうか。
もともとエチオピア南西部からスーダン東部にかけては、民族の体系が他に類を見ないほど複雑で、
その複雑な民族たちの基盤となる暮らしを、文明が生まれ変わらせている、今まさに真っ只中。

そんな転換期ではあるけれど、今でなければこれだけの旅はできなかった。

だって、今よりも昔だと、彼らの集落へ行く手段がないだろうし、
今よりも未来だと、彼らの伝統と暮らしは、私たちと共通するものに生まれ変わっているか、
もしくは観光村のエンターテイメントになっているかのどちらか。


でもそうなってしまったら、もう、エチオピアのここに来る目的はありませんよね。

本当に、思いを温めてすぐエチオピアに来てよかった。
今でなければこれだけ充実した旅は、きっとできなかったと思うから。。。



*



女エチオピア一人旅。

事前情報もほとんど得られず、往復航空券を持っていくだけの旅。

現地滞在6日という悪条件で、本当に個人で行けるかどうかは、私にも分かりませんでした。
でも、本当に個人で行き、本当に成し遂げて帰ってきたのですよ、私。








夢をみるかのような短い旅だったけれど、
思い出すたびに涙を誘うその旅は、


道なき道を行き、未知なる路をたどる、最高に満ち満ちた旅でした。



~マゴナショナルパークのゲストブックの記帳より~




≪BACK      HOME      NEXT≫