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ありし日のバム遺跡

イラン

 実際に訪れた土地での災害、特に地震災害は阪神淡路大震災を私も体験しただけに非常に気にかかる。あの美しかったバム城塞が崩壊した映像を見たときには、胸が締め付けられる思いがした。もうあの場所がないと思うと悲しくなる。
 昔はイランの日本語ガイドブックなどなく、知っていたイランの見所はペルセポリスとイスファハーンだけだった。入国直前、初めて写真を見て、これは見逃せない遺跡だと場所を調べ、予定に組み込んだのがこのバムだ。
 バム遺跡は城壁に囲まれた都市廃墟、建物はすべて土(日干しレンガ)で出来ている。無人になって約二百年、まさに見捨てられた町だ。修復された城は廃墟部分とは不釣合いなほど美しく、その上から見る廃墟の町がまた素晴らしい。城からの景色を堪能した後は、にぎやかだった時代に思いを馳せながら、ひたすら廃墟をさまよい歩く。遺跡の説明などないが、ここは市場だとか、これは金持ちの家だとか、じっくり歩けば分かるものだ。午後の開門から閉門まで遺跡にいたが、その間に来た他の観光客はたった一組、遺跡をほぼ占有状態で楽しめた。
 当時のバムには二軒しかホテルがなく、そのどちらも他の宿泊者がいないほどバムは寂れていた。素晴らしい遺跡なのにどうして客が来ないんだとの思いから、それから10年、私はイランに行く人にいつもバムを勧めてきた。今回もイランに行く友人にバムを勧めてしまい、彼の安否が気になっていたが、バム訪問は地震の二日前に終わり、その後も他地域ではさして地震の影響はなく観光できたとの帰国報告。ほっとした。


産経新聞連載
「(新)一国一景」
2004年1月15日分

エッセイ