旅して » 旅紀行 » エッセイ »

出会いの多い飛行機の旅

 出発直前、普段は聞かないラジオのスイッチをたまたま入れた。東京の局のつもりで聴いていたが、なぜか遠方の東北放送だった。何となく流していると松本伊代(彼女がアイドル歌手として人気絶頂の頃の話)がパーソナリティーで、今週撮影でニューカレドニアへ行くと言った。ふと、同じ飛行機に自分が乗る予定であることに気づく。当時、ニューカレドニアには週一便でUTAフランス航空があるだけ。しかもエコノミークラスしかないフライトである。この偶然で何となく彼女に会いそうな予感がしていた。

 数日後、飛行機は満席。私は中列のさらに内側という最悪の席についていた。先日の放送はすっかり忘れていたが、隣の席の乗客が雑誌の伊代ちゃんが載っているところを読んでおり、思い出した。熱心に読んでいる様子だったので、
 「今日松本伊代がこの飛行機に乗っているんですよ。この前ラジオで言っていましたから。」
と声をかけた。しかし隣のオヤジはいかにも興味なさそうな態度になり、雑誌を閉じてしまった。いかにも話しかけるなという態度で、返事もせずに目を閉じた。私は何故そのような態度をされたのかが分からず困惑。
 しばらくして飲み物が前方から回ってきたが、斜め前にいた女性が色々ビンをうれしそうに見せてもらっており、随分と待たされた。食事を配るときもそこで時間がかかり、はっきり言って迷惑、バカな女がいると思っていた。その彼女が席を立ちトイレに向うとき、顔を見てビックリ。そう彼女が松本伊代だった。テレビで見る以上に痩せており小さい。スチュワーデスも日本人であったので、色々世話を焼いていたのだろう。
 ニューカレドニア入国時、彼女の一行は7~8人で、他の日本人がいなくなるのを待つがごとく、空港の隅でかたまっていた。その中に隣の席のオヤジがいた。スタッフだったのだ。伊代ちゃんの周りの席についていた人々、すなわち私の周りの人々がほとんど、関係者であったのだろう。学生旅行のピークシーズンで、多くの日本人が空港にいたが、誰もこの一行に気づかなかった様子であった。

 ニュージーランドへのトランジットで、ニューカレドニア滞在は8時間くらいしかない。街を見学した後、公共バスで空港へ戻る。バスに乗った時、いきなり大声で、「松本!」と私を呼ぶ声。半年程前、信州でサイクリストの大会に参加、そこで知り合った人物であった。それ以来一度も会っておらず、私は相手の名前も忘れていた。彼はよく分かったものだと感心。海外で知り合いにばったり会う事がそれほど珍しいことではないのかもしれないが、この時は驚いた。私も彼もニュージーランドにサイクリングに向う途中、意気投合しオークランド市内は一緒に走った。

 1ヵ月後、ニュージーランドから飛び、再びニューカレドニアのトランジットルーム。再び半日の乗継ぎ待ちであったが、来るときに出た街は別に面白くなく、またバス代が高い(往復で約3千円)ので空港で時間をつぶす。ニュージーランドをバイク旅行した日本人旅行者と話をしていた。
 脇に置いてあったバイクのヘルメットを見て声をかけてきたおじさん、見たことがあると思ったら、バイク乗りの風間深志。今では南極などを走り、有名なバイク冒険家。しかし当時はまだそれほど有名ではなかった。この2年前、風間氏はバイクでエベレストへ向けて走り、標高5800メートルまでバイクで走ったことやパリダカールラリーに出場したことで、知る人ぞ知る存在という程度。風間氏がエベレストを走った後、道が荒れ、ネパール政府がバイクや自転車で高山に行くのを禁止したというニュースで、私は風間氏の存在を知った。彼が共著で書いている本も読んでいた。ネパールに自転車で行こうという計画を断念し、ニュージーランドに来たのは風間氏が遠因でもある。私と話していた相手もバイク乗りなので彼のことをよく知っていた。
 名前を知るきっかけが良くなかったので、私は彼のことをあまり快く思っていなかった。しかし、話してみると気さくな兄ちゃん。それほどまだ顔を知られていないころで、有名人としての意識は感じられない。風間氏の方から私たちの所にやって来て話しかけ、我々2人から旅の話を聞いてひたすら羨ましがっている。彼も若い頃、同じような自由な旅をして楽しかったそうだ。今のようにスポンサーをつけて行動すると制限が多いし、嫌になっても止められない、間違いに気づいてもやり続けねばならないのは辛い、それでも金の掛かる事をするには他に手はないなどと、色々話をしてくれた。心底バイク旅行が好きというのが伝わってくる。次はシルクロードを走る予定だと言っていたが、彼が走ったという話はまだ聞かない。
 3人で話をしているとニュージーランドで知り合っていた女の子が来て、作家の椎名誠がいるよと教えてくれた。(彼がビールのコマーシャルに出演し、顔が売れていたころのこと。)我々は風間氏に荷物番を頼み(恐れ多いことをしたものだ)、椎名氏の所へ。彼は評判通り体がでかい。両脇に文庫本を十冊ずつくらい積み、本当は君達の相手をするより本を読みたいんだもんね、という雰囲気ではある。しかし、彼もまた気さくに話をしてくれた。今回の旅行の記事を雑誌『山と渓谷』載せるから見てくれと言われたので、後日読んだがつまらなかった。写真を一緒にとって、風間氏の所へ戻る。
 話としては、椎名氏より風間氏の方がおもしろい。盛り上がっていると、先程の女の子が今度は漫画家もいると言いに来た。サインをもらい、絵を書いてもらったと見せてくれたが変な絵。知らない人だったので行くのは止めた。後日、これが漫画家ではなく、椎名誠の本の挿し絵等を書いているイラストレーターの沢野ひとしである事を知る。それまで椎名誠の本を読んだ事がなく、挿し絵を見た事がなかったのだ。沢野ひとしも後に有名になったので、あの時会っておけば良かったと少し後悔。

 機中でも椎名氏の姿を見かけた。トイレの近くに座っており、いつ見ても本を読んでいる。脇に文庫本を積み上げているのだから目立つのだ。同時に読めるはずはないのに、何故本を積み上げるのだろう。本の虫、活字中毒、あるいは話し掛けられるのをやはり避けているのであろうか。

 4度目の海外旅行で往復とも有名人に出会い、海外旅行で有名人に会う確率は相当高いのではないかと思ったものだが、実はそうでもない。この旅行以降30回近く出かけているが、機内で有名人を見かけたことは一度もない。空港でなら一度だけあるが…。

 数年後、今は大ファンになっているカヌー乗りの野田知佑の本を読んでいてビックリした。彼も椎名氏たちと一緒に空港のどこかにいたのだ。風間深志氏も一緒、椎名、沢野、野田の4人で『怪しい探検隊』として旅をしていたそうな。しかし何故彼らはばらばらに座り、他人どうしのふりをしていたのであろうか…。

エッセイ