モロッコ・カスバ街道の村

 学生の頃、ヨーロパを2ヵ月間旅行、ついでにモロッコにも立ち寄った。ジブラルタル海峡を船で渡り、列車で一気にマラケシュへ。

 マラケシュでモロッコの地図を手に入れた。地図にはサハラ砂漠が広がっている。モロッコにもサハラはあるんだ。見たい、そう思った。当時はまだガイドブック類があまりなく、写真集で見たマラケシュに行くんだと決めていただけ。次にどうしようかと迷っていたところなのだ。
 バスターミナルで、砂漠のオアシスであるザゴラに毎日バスがあることが分かった。早朝5時半発、何時間かかるのか、ホテルはあるのかなど知らないまま行くことに決めた。モロッコに向かう船で知り合った桜井君も同行することになる。

 翌朝、気合いを入れて起きたつもりだが、外は明るくなっていた。寝坊したのである。途中まで行くしかなく、14時発のワルザザード行きの切符を購入。昼には宿を追い出され、早くからバスターミナルでバスを待った。だんだん客が来て、大勢の人が同じバスの来るのを待っていた。
 しばらくして急に皆帰りだし、ついに我々だけそのバス乗り場にとり残された。最後に帰りかけた人に聞くと、どうやらバスがキャンセルになったらしい。切符売場に確認しに戻るが、閉まっている。寝坊で半日無駄になりイライラしていた私は爆発。ガラスを割らんばかりにバンバンたたく。中から出てきた係員が、バスは運行中止、昼休みだから切符の払い戻しは後で来いと説明。運行中止のくせにこれ以上時間を取るのかと罵声をあびせ、窓をたたき続ける。おかげでお金は取り戻したが、明日のザゴラ行きに再挑戦はできなくなってしまった。この会社はこの2便しかないが、別の会社で17時のワルザザード行きを見つけ、そちらで行くことにした。

 17時、予定通りの出発。日没の18時頃、バスは何もないところで停車。その辺りにじゅうたんを敷き、お祈りが始まる。さすがはイスラムの国だと感心。
 すぐに暗くなり、アトラス山脈越えは暗くて何も見えずに終わった。どんどん気温が下がり、寒い。0時、ピンク色の四角い建物が並んでいるなあと思ったら、そこがワルザザード。バスを降り、あてもなく途方にくれる。まだバスに乗っている人がいたので、また同じバスに飛び乗った。どこへ行くのか、どのくらい走るのか、周りの人も、運転手も言葉は通じない。
 平らな道をバスはひた走る。ますます寒くなり、トイレが近くなる。桜井君と交互に10回以上バスを止め、立ち小便。

 バスの終着は、小さな村。目の前がホテルだと教えられ、入口を懸命にたたくが、誰も起きて来ない。運転手と車掌がバスで寝ようとしたので、入れてくれるよう頼んだが、拒否された。しかたなくホテルの前で寝袋にくるまったが寒くて死にそう。我慢しきれず、バスをまたがんがんたたき、中に入れてもらった。もちろんバスの中も寒いが少しましである。
 早朝6時にバスはマラケシュ方向に戻っていった。しばらくしてホテルが開く。食堂に入るが、食べるものは何もなく、紅茶を飲む。生き返った気分だ。
 地図を開き、場所を尋ねた。サハラ方面に向かっているつもりであったのに、ワルザザードで道を曲がっていた。カスバ街道に入っていたのだ。ショックである。本当のサハラには行けなくなってしまった。そのまま進めば、フェズ方面に出ることでき、バスは10時にあるという。
 荷物を預け散歩に出た。川沿いに緑が広がり、その間にピンク色の桜のような花をつけた樹が点在する。アンズの花だ。非常に美しい景色が広がっている。坂を登ると乾燥した台地に出た。茶色い砂漠、遠くには白く雪をつけたアトラスの山々。下に見える川の緑とピンクの花、茶色の大地と白い山、青い空、目に焼きつくような色彩の美しさ。

 9時半、バスを待つ人々が増えてきた。10時、バスは来ない。11時まだ来ない。人々が戻りだした。11時半、ホテルのオヤジに次のバスは14時だと告げられた。
 村をしばらく歩くが、何もない。我々が珍しいようで、皆こちらを見る。少年に、「あなたはフランス人か。」とフランス語で質問された。外国人自体が珍しいのか。
 食事のできそうなのはホテルの食堂しかない。ホテルに戻ると数人の人が何か食べている。茶色い穀物の粉をお湯でといただけのもの。日本のはったい粉やチベットのツァンパと見た目は同じだが、まずい。しかしこれしかないのだ。

 14時のバスも10時のバスと同じ、待っただけ。来ないのだ。今日はもうバスはないと教えられた。そういえば逆方向にも全くバスは走っていない。どこにも動けなくなってしまった。
 この後ヒッチハイクに挑戦したが、時間の無駄。この日は数台の車しか通らず。結局ホテルにチェックイン。
 夕食はスープがあった。具は豆一種類、一日悲惨な食生活である。

 翌朝も村周辺を散歩。10時のバスはまた来なかった。
 昼食、何とシチューがあった。肉も野菜も入っている。味もよし。飢えていたので何を食べてもおいしかったかもしれないが…。料金は10ディルハム(260円)、昨日のスープの10倍だが久しぶりに食事ができて満足した。
 14時、バスはついにやって来た。ほっとする。3便連続のキャンセルの後なのに、それほど混んでおらず、座って快適なバスの旅である。景色もよい。砂丘もちゃんと見ることができた。

 夕刻、ティヌリーフの町に着き、バスでそのままホテルに送られた。ここは大きな町で食べるところはたくさんある。ハーフのチキンとスープ、満足の行く食事だ。
 バスターミナルも見つけた。バスの時刻表まであった。進んでいる。しかし、アトラス山脈を越えるバスは、また夜行のみだった。ホテルがキャンセルさせてくれたので、そのまま夜行バスで、メクネスに向かった。

 地図を見るかぎり、バスが来ず苦労した村はブーメル。この旅行の翌年、「地球の歩き方」の初版が出て、立ち読み。このカスバ街道はバスが一日何本も走り、移動の心配はないとあった。食事も問題はなさそうに書いてある。何で我々はこんなに苦労したのであろうか。最近の「ロンリープラネッツ」を見ると、ブーメルにはホテルが5軒もあり、乗合タクシーがひんぱんに走っているらしい。今では観光名所になっている場所なのだ。