ハイチ脱出記

 出発予定時刻の3時間前に空港に着いた。カウンターは既に開いており、ものすごい行列。チェックインはゆっくりと進んでいくが、あと10数人になったところで、遅々として進まなくなった。
 オーバーブッキングである。当時私はまだサラリーマンで旅行会社勤務。この飛行機に乗れなければ、マイアミでの乗継ぎに間に合わない。マイアミからロスアンジェルスはなんとかなるであろうが、ロスから東京は遅れると何ともならない。8月14日帰国予定であり、予約済みの便を逃すとお盆が終るまで空席があるとは思えないのだ。
 飛行機会社はパンナムである。世界の翼といわれ、昔は日本に飛ぶ国際線の飛行機といえばパンナムといわれていた時代もあった程の会社。もっとも赤字経営に陥り、太平洋線はとうの昔にユナイテッドに売却し日本には飛んで来ていなかった。そしてこのでき事の1週間後、ついに倒産してしまう事になる。後から思うと倒産が見え、無茶苦茶をやっていたのであろう。
 場所はカリブ海の島国ハイチ、首都ポルトプランスの空港。この国自体もメチャクチャな国で、この後クーデターから無政府状態になり、長い間入国ができなくなってしまった。

 私の後には100人以上、おそらくは200人以上の人がまだ並んでいる。これでは飛行機一機分オーバーブックではないか。出発まで2時間を割った頃、職員が来てチケットに何か書いた。皆、カウンターで粘っており私の番にくるまでかなり待つ。私の番になり、カウンターの係員がチケットの先ほど書かれた数字を見て、
 「出発2時間を割ってから来ているから、予約は無効である。」
 「バカを言うな、3時間も前から来て並んでいたのではないか。」
 「ここに書いてある時間は2時間前を割っている。」
 「私の周りの人は皆3時間前には来ている、そんなことは分かっているのだからふざけるのではない。」
 「我々には何もできない。明日のフライトもオーバーブックだ。皆あきらめてもらっている。」
 話にならない対応。今日もう一便あるアメリカン航空のキャンセル待ちに行く人も多い。しかし私はエージェントディスカウント(旅行代理店割引き)のチケットを持っていたので他の飛行機会社に替えることもできない。(断っておくがエージェントディスカウントを代理店の人間が簡単に使える訳ではない。1つの飛行機会社から年間2枚しか割り当てがなく、普通は添乗に使用される。しかしパンナムのように日本に来ていない会社の割り当ては、余ることが多く、特別に使わせてもらえることがあったのだ。)
 しつこく交渉していると、列から外されマネージャーと交渉。彼女はエージェントディスカウントのチケットを見て、このチケットでは何もできないなどと言い出した。そんな規則は全くないのだが、先の"時間をチケットに書いた行為"のように、何でも良いから理由をつけて、責任を逃れようとしているのだ。毎日この様な状態らしく、「分かってくれ」と泣き落としにかかってきたが、私も帰れないと困るので引き下がる訳にはいかない。
 最後まで残ったのが、私を含め10人。アメリカ人のグループ7人、ニュージーランド人1人、残りの一人は話をしなかったので分からない。この10人だけがついに、明日のボーディングの確約と今日のホテルを勝ち取った。このとき既に空港に着いて、7時間以上経っていた。

 ハイチにもこんなに良いホテルがあったのかと思うようなホテルに案内される。しかしさすがはハイチ。プールには水があり泳げるというのに、部屋は断水。
 他の人々は自分たちだけが何とかなったという安堵感から、バーで盛り上がっていた。しかし私は日本に帰国できるメドがつかず、気が重い。乗継ぎのロスアンジェルスでホテルを予約してあったので部屋からの電話でキャンセル。(翌朝電話代金は請求されず。)24時間の遅れは決まったので、会社にも遅れるという連絡を入れねばならなかったが、いつ帰れるか分からないのでそれもできなかった。
 深夜になって水が来て、バスタブにつかるとようやく落ち着いた。しかし頭に浮かぶのは、どうすればうまく帰国できるのか。短い社会人の夏休みで来るような国ではなかったようだ。

 翌朝、6時半に空港へ。出発時刻の4時間半前でさすがにカウンターに客はおらず。昨日、チケットを預けてあった我々はボーディングパスをもらった。
 と思ったら、私にだけボーディングパスをくれない。またマネージャーが出てきて、エージェントディスカウントのチケットだからダメだと言うのだ。昨日の約束は間違い、本来ならばホテル代も返して欲しいとまで言ってきた。これでボーディングパスをもらえないとなるともうどうしようもない。交渉しているうちにゾクゾクと今日の乗客がやってくる。パンナムに乗れる見込みは完全になくなった。
 ダメ元でチケットの裏書きを頼み込む。チケットの裏書きというのはチケットにある飛行機会社が、そのチケットの権利を他の飛行機会社にゆずるということを書いてもらうことである。本来私のチケットは裏書きしても他の飛行機会社で使えないものであり、パンナムのマネージャーもそのように主張したが、それでもよいからと書いてもらった。

   パンナムがダメならアメリカン航空しか飛んでない。この日もマイアミ行きがあった。取り敢えずキャンセル待ちの列に並ぶが、列には既に約100人。乗れるはずがないと思ってうろうろしていると、太った大きな黒人のおばさんが前に入れてくれた。半分くらいの人をずるして抜かしたことになるが、気にしていられない。しばらくしてカードが配られ、60人目であることを知る。がっくり。
 待っていると前に並んでいる在米ハイチ人のおじさんに、何しにハイチに来たのと尋ねられた。観光だと答えると彼はいきなり大笑い。
 「誰にだまされたんだ。ハイチに観光で来る人間がいるなんて信じられない。」
…だそうだ。帰国のメドがたたず落ち込んでいただけに、彼の言葉が胸にしみる。
 約3時間待ってスタンバイの列が進みだした。しかしずいぶん前の方で、チェックインが打ち切られた。60人もキャンセルがいるはずないのである。分かってはいたがショックで呆然。並んでいた人は皆帰りだした。しかし、私の前にいたおばさんは、
 「私はファーストクラスだから別だろう。」
と交渉を始めた。私もその手があったと、交渉。チケットを見せて、昨日からの事を全て話し、ファーストでも何でも良い。差額がだめなら全額でも払うからなんとかしてくれと頼み込んだ。藁をも掴む思いである。
 なんとか手続きをしてくれたが、ボーディングパスにはキャンセル待ち32番と書いてある。出国をしてから搭乗前に残席を調べるのだという。キャンセル待ちの数が多すぎ、出国手続きに時間がかかることもあり、カウンターでチェックをできていないのだ。ダメなら出国をキャンセルするのだと教えられた。考えてみれば出発時間までまだずいぶんと時間があった。予約のある人がまだ来てなくて当然の時間だったのである。
 不安半分、あきらめ半分の出国。飛行機は遅れて、さらに2時間不安な時を過ごす。やがて搭乗が始まり、予約のあった人が全員終った。機内で人数確認までしたのち、キャンセル待ちの人は番号順に列を作らされた。一人、また一人と名前を呼ばれ、搭乗していく。私は最後尾、ファーストだと言ったおばさんは先にボーディングパスをもらって搭乗している。約20人の人が搭乗できたところで、フィニッシュの宣告。がっくり。
 ハイチから出れない…。
 残り約40人、列は崩さず一人ずつチケットの返却を受けてゆく。しかし私の前で係員の持っているチケットがなくなった。あれっと思っていると、脇に呼ばれ、
 「特別だよ。幸運を祈る。」
と座席番号の入ったボーディングパスを渡された。うれしさの余り涙が出た。感謝を言って、急いで搭乗。最後の一人ですぐに飛行機は出発。

 アメリカン航空の助けにより私はついにハイチを脱出した。
 本来なら使えないチケットで追加料金も無し。パンナムがダメになった時、一度はあきらめていた。どんでん返し、まさにアメリカン航空に救われたのであった。

 さて、ハイチを脱出したものの日本はまだまだ遠い。既に予定より30時間近く遅れ、ロスアンジェルス行きの最終便に乗り遅れたら丸2日遅れになってしまう。ただでさえ人一倍長い夏休みをとっているのに、さらに2日も遅れて良いわけがない。もちろんロスアンジェルスに行ったところで2日遅れでも帰れない可能性は高いのではあるが…。
 マイアミに到着し入国手続きを済ませると、すぐに走ってイースタン航空のカウンターに急いだ。時間的には充分間に合ったが、やはりパンナムのエージェントディスカウントチケットでは乗せられないと言われた。今日のパンナムはもうない。料金は350$、悩む。明日のパンナムなら無料だが、それでは明日の東京行きに乗継げない。明日の予約を調べてもらうと、チケットを持っていた大韓航空はおろか、日本に飛ぶ各社、全フライトが全クラス満席。サンフランシスコ発やニューヨーク発も満席なのだ。
 いくら考えても良い案が浮かばず、チケットを買ってしまうことにした。ところが、発券カウンターに行くと時間がなくなったためか、
「預ける荷物はあるか。」
「ない。」
「搭乗口は遠いけど走れるか。」
「走れる。」
「このチケットで乗せてやるから走れ。」
渡された搭乗券は、乗るつもりであった最終便の1本前、17時50分発。その時既に17時50分ちょうど。走った。搭乗口では係員が私を待ち構えており、私が搭乗するとすぐにクローズ。機内でも唯一空いていた座席にまっすぐ誘導された。そして私がシートベルトを締めたとたんに、飛行機は動き出したのだった。
 ラッキーにもまたも本来乗れないチケットで飛行機に乗れたのだ。順調。

 19時にロスアンジェルス到着。真っすぐ大韓航空のカウンターへ。私の持っていたのは大韓航空の一年オープンのチケット。キャンセル待ちは堂々と可能である。取りあえず予約状況を見てもらうと、明日朝の東京直行便の方がオーバーブックは少ないという。飛行機は1日3便あり、朝2便、夜1便である。夜の便はアンカレッジ経由、ソウル乗換え東京行きとなる。朝の便の方が早く東京に帰れる。しかし確実に帰りたいのでそのまま夜の便のキャンセル待ち。私は1番、10人くらいキャンセル待ちで乗れた。
 ソウル~東京も3便あるが3便目で予約がとれた。ソウルに着くと朝一の便のキャンセル待ち、やがてそれもOKに…。

 綱渡りを続けながら何とか1日遅れで帰国できた。もちろん仕事は1日急な休みを取ることにはなったのだが…。あのままアメリカン航空に乗れなければどうなっていたことやら。考えるだけでも恐ろしい…。