旅して » 旅紀行 » エッセイ »

キリスト教は悪魔の宗教
フィンランドで洗礼を受ける

 断っておくが、私は特別な宗教を信仰しない典型的な日本人である。神社では柏手をうち、お寺では仏に祈る。キリスト教会では神に祈り、モスクではアッラーの名を唱える。(おおげさ?)子供の頃は日曜学校に通っていたこともあり、キリスト教には決して悪感情は持っていない。信仰持つ人々をうらやましく思い、自分に信じられる宗教があれば良いのにと考える。そんな宗教が見つかりそうにはないが。

 バックパッカーとしての初めての旅はヨーロッパだった。2ヵ月の旅のうち、8割は夜行移動という強引な旅を敢行していた。その時もユーゴスラビアのベオグラードから5連続の夜行で一気にヘルシンキへやってきていた。夜は移動、昼間は観光という強行スケジュールだ。途中、3日目のコペンハーゲンからは下痢で、体調が悪く、最後のストックホルムよりヘルシンキへのシリアラインの船に乗る頃には熱が出ていた。
 4月初旬のヘルシンキはまだまだ冬だ。この日は吹雪で、非常に寒かった。朝の到着、ユースホステルは夕方まで部屋に入れないのでどこに泊まるか問題となる。体調が悪いので早く横になりたい。しかし、ここで高いホテルに泊まるとこれまでの苦労が水の泡である。迷っていると、珍しく日本人の客引きが近づいてきた。なんと、「無料で泊まれる施設があるので来ないか。」と言うのだ。しかも、「食事も無料、カレーライスと梅干しがあるぞ。」と誘ってくる。ただほど高いものはないので躊躇したが、船中で知り合った他の日本人が行くことに決めたので、体調の悪い私もついて行くことにした。
 部屋は汚いユースのドミトリーみたいな感じで、ベッドが詰め込んでおいてある。アパートを旅行者に合わせて改造したようだ。他には泊まり客はいなかった。客引きしてきた兄ちゃんは、日本人が一人だけで淋しいから客引きしていると言ったのに、同じ部屋ではない。教会が運営している慈善施設で、寄付と政府の援助で運営しているとの説明であった。
 着いてすぐにカレーライスを食べた。具が入っておらず、まずい。梅干しは嘘で、「これがフィンランド梅干しだ。」とピクルスが出てきた。がっかり。その後、私はベッドに倒れ寝てしまった。

 目を醒ましたのは暗くなってから。熱は下がっておらず、トイレに行くのさえふらついている。朝客引きに来ていた日本人がおり、クリスチャンかと聞いてきた。2人とも違う。すると、
 「ここは教会の運営している施設だからクリスチャンしか泊まれない。洗礼を今から受けてほしい。」
 目が点になった。私は考えることもできないほど頭がぼーっとし、他の日本人が文句を言っているのを聞いていた。朝には何も言わず、夜になってから言い出したことに、よほど腹が据えかねている様子だ。これから他に行くのは無理だろうという態度が見え見えなのだ。もちろん私も怒りがふつふつと沸いていたが、ベッドから起き上がる気力もない。
 私にも攻撃の矛先が回ってきた。さすがに私も抵抗を試みる。
 「今日は起き上がれないから明日にしてくれ。」
 「洗礼を明日にするとクリスチャン以外を泊めたことになる。規則は曲げられない、すぐに終るから受けてくれ。」
 「病人を苦しめるのがキリスト教のやり方なのか。」
 「きみの病気は治っている。あとは気持ちの問題、洗礼を受ければキリスト教のキリスト教の事も分かり元気になるはずだ。」
 「いい加減なことを言うなバカ、寝ているのが一番だろう。」
怒りで気力が回復してくる。しばらくのやりとりの後、
 「何故クリスチャン以外を泊めるとそんなにまずいのだ?。」
 「クリスチャン以外は信用できない、泥棒するし、暴力もふるう。キリスト教は平和の宗教である。キリスト教が信じられていない所では、中東を始め戦争ばかりではないか。キリスト教徒でないためそうなるのだ。」
とうとつにキリスト教徒は戦争をせず、異教徒は戦争をすると話が飛躍。私は切れてしまった。
 「北アイルランドはキリスト教徒の宗教戦争ではないのか。アフガンに侵攻したソビエトもグレナダに侵攻したアメリカもキリスト教徒の国ではないか。(時代がばれてしまう…。)仏教徒がどこで戦争をやっているのだ。昔から宗教で人殺しをしてきたのは明らかにキリスト教が一番多いではないか。」
 「アイルランドは宗教が問題になっているのではない。民族紛争だ…。」
ごちゃごちゃ言っていたが、よく理解できない。いずれにしても私は起きられないと答えると、彼はもう一人の日本人旅行者と出ていった。
 あきらめてくれたと思っていたが甘かった。体のでかいフィンランド人と客引きの日本人が戻ってきて、二人がかりで私を抱え起こし、そのまま私は別の部屋まで運ばれてしまった。

 フィンランド人の神父と通訳(フィンランド語から英語)がその部屋に残り話をする。神父なら少しは話が分かるのではと、病気で動けないこと、無料宿泊とカレーライスに誘われ騙されここに来たという事、仏教徒でありキリスト教徒にはなる気のないこと等を告げたが、話にならない。観光気分で儀式に付き合っても良いが、その事によってキリスト教が嫌いになることは間違いないと伝えるが、かまわないという返事。抵抗もバカらしくなり、私は洗礼を受けることになった。逃れる気力はすでになく、早く済んだほうが楽だと思ったのだ。そうなるとどんなものなのかという興味も沸いてくる。
 洗礼は英語で行なわれた。まず聖書に手を置き、誓いの言葉を言わされる。神父がフィンランド語でまず言って、通訳が英語に訳し、それを復唱せよという事である。私は自分でそれを日本語訳して良いという許可を得て、「南無阿弥陀仏」とか「キリスト教のバカヤロウ。」とか唱えていた。その後、祝福の言葉らしい事を色々言われた。
8504HELsenrei.JPG  その後、バスルームに連れていかれ、真っ白な服に着替えさせられる。(写真・通訳が撮影、左は抵抗してたら入室してきた客引きの日本人、右は神父)
そしてなんと水風呂に入れと言われた。熱があるからと抵抗したが、抱えられ水を張ったバスタブに座らされた。冷たい。それだけだと思っていたが…。なにやら聖書の言葉をまたそこで言われ、いきなり頭を押さえつけられてすっぽり水に浸からされた。鬼。
 これで無事洗礼は終った。

 終了後、さまざまなパンフレットと共に、これは日本語で聖書を朗読したものですとテープが渡された。パンフレット類は読まずに捨てたが、テープは日本に持ち帰り聞いてみた。日本語ではなく、アラビア語のテープだった。何を考えてるのだ。

 部屋に戻ると客引きの日本人が戻ってきて、
 「今から教会に行って神の祝福を受けましょう。多くの方々が洗礼を一緒に祝ってくださいますよ。今日私は神に救われましたと挨拶してください。」
完全に切れて拒否。一日休んで寝ているのに何を考えているのだろう。それでもしつこく言ってきた、
 「あなたの病気は治っているはずです。早く行って神父に祈ってもらいましょう。」
 やっぱりキリスト教は悪魔の宗教、人殺し集団だ。無理やり病人を動かして、もし死んでもそれが神の思召しなのであろう。断固拒否。さすがに外に抱えていったらまずいと思ったのか、行かずにすむ。
 先に洗礼の終っていたはずのもう一人の日本人が戻ってきたのは夜遅く。5分の約束で行ったら、3時間かかったとのこと。教会には大勢の信者が集まっており、寄付金を集めるのに利用されたと話してくれた。これが狙いであったのだ。

 翌朝、熱は下がり、くだんの日本人と話をした。この教会は洗礼者一人につきいくらという形で、教会本部から金を貰っているらしい。この日本人、もともとクリスチャンでこの教会の世話になったので手助けをしているが、強引なやり口に嫌気がさしてきて辞めようかと思っているとのこと。

 洗礼以降、キリスト教に対する嫌悪感が私には生じてしまった。まあ1円も使わずに面白い体験ができたので、この宿に泊まった事には後悔していないが…。
 海外でも『ただほど高いものは無し』、『日本人にも要注意。』。

エッセイ