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歯の抜けた話

 アフリカの旅行記を以前書いたのだが、その時ひとつだけ書けなかったエピソードがある。両親の読むことを考えるとどうしても書けなかったのが、この歯の抜けた話だ。内戦や病気、強盗など危険な目には何度か遭っていたが、それより恐ろしいと感じたのがこの栄養不足?で起った事件である。

 ザイール(現コンゴ民主共和国)のゴマでのことだ。アフリカ旅行も後半に入り、3度目のザイール入国だった。
 前夜泊まったホテルの居心地が悪く眠れなかったので、高めのきれいなホテルに移り、昼間からベッドでごろごろ横になっていた。歯にちょっと違和感を感じ、さわってみると、なんとそのままポロリと抜けてしまった。右上の犬歯のすぐ奥にある奥歯である。めちゃくちゃショック。しばらくぼうぜん。他の歯もこわごわ触ってみると皆ぐらぐらと動く。上も下も、右も左も。1本抜けたままだと他の歯も動いて抜けるだろうと思い、取りあえず埋め戻す。
 この夜、夜中に飛び起きた。歯がぼろぼろ抜けて、それが喉につまったと思ったのだ。しかしこれは夢。歯を触ってみると昼間より歯のぐらぐらは減少していた。

 実際に起きた事件はたったこれだけ。しばらくしたら歯もしっかりしてきたし、現在でもこの一度抜けた歯は機能している。原因も分からない、事件以降に食生活が改善できたわけはなく、かえって数日間は固形物が恐くて食べれなかったくらいである。一ヶ月ほど前にケニアのナイロビで会った日本人から、前歯がぼろぼろ抜けた話を聞いていた。彼の前歯はその時全部差し歯、2度とザイールには行きたくないと言い、2度目のザイールに向かわんとしていた私に警告してくれたのである。私にだけ起った出来事ではないのだ。
 栄養不足が原因だとずっと思っていたが、それなら回復したことがおかしい。風土病かとも思うが、その辺りで歯が抜けた人を見た記憶はない。なぞの事件である。

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