イタリアの夜行列車

 イタリア南部のシシリー島シラクサから北部にあるミラノ行きの夜行列車に乗車。切符の都合上1等車である。車内は空いており、コンパートメントは私一人。ビールを飲んでつまみを食べ、気持ち良く眠ってしまった。

 人の気配がして目を醒ます。2人のイタリア人がコンパートメントを覗いていた。しかも荷物をうかがっている風である。驚いて飛び起きた。2人はすぐに消えた。
 あわてて荷物をチェックすると枕元に置いてあったジャケットがない。ポケットにはパスポートやユーレイルパス、カメラ、辞書等が入っていた。
 飛び出して通路を見ると先程の2人組がまだいたが、彼らが盗んだ風ではない。がっくり、すでにその前にやられていたのだ。
 とりあえず、車掌を探してきて報告。ナポリを出てすぐなのでもう犯人は下車しているだろうという事であったが、不必要なものをトイレに棄てていることもあるので探そうということになり、一緒に探す。せめてパスポートだけでもという願いも空しく、何も出てこなかった。
 ボロボロで真っ黒に汚れたジャケットを盗まれるとは夢にも思わなかった。横にかけてあったデイパックはそのまま。アフリカのコンゴで強盗にあってからわずか2ヵ月弱、ヨーロッパに入り油断していたのだろう。コンゴではパスポートを取り返すために骨折までしたというのに、こんなところであっさりやられてしまった。

 仕方なくローマで下車。警察署へ、盗難が多い土地だけあって、きわめて事務的な対応。外国人の盗難届け専用の部屋まであり、盗難届けの発行はきわめてスムーズ。壁にはカード会社や、トラベラーズチェックの盗難届けを出す電話番号、再発行の手続きの仕方。各国大使館の住所と行き方等が数ヵ国語で書いてあった。もっとも日本語はなかったが。そしてそこには盗難にあった旅行者が先に2人もおり書類を記入している最中であった。
 盗難証明を手に入れたら今度は日本大使館。ここも慣れたものだ。ここにも一人パスポートを盗られた旅行者が来ていた。
 この旅の途中でパスポートを更新していたので、私は古いパスポートを所持していた。このパスポートには取り消しスタンプを押してあるが、有効期限内(余白ページの不足のため新しいものを取得していた)。パスポート更新時に、予備に送ってもらった戸籍抄本も6ヵ月以上経ていたが、持っていた。これらが証明となり、形式上、確認用テレックスは打つが、返事を待たないでパスポートを作ってくれることになり、翌日には新しいパスポートを手にしていた。

 命の次に大切なパスポートなどというポスターが各地日本大使館などに貼ってあるが、そんなの大ウソであると再発行を経験して思った。再発行を嫌がるお役所が自分たちの都合で宣伝しているのだ。お金や日記等の方がよっぽど大切で、代えが効かない。
 もっとも2日で再発行できたのは希に見る幸運であり、日本大使館がない国でパスポートを盗られた友人は、大使館のある国に行くのに随分と苦労したそうだ。

 金額的にいうと一番痛かったのが、列車のパス。次がカメラ、3番目がパスポートに押してあったビザである。チェコスロバキア(当時)とポーランドのビザを取っており、これが2つで約8000円。パスポートの再発行に要した費用は約5500円だった。
 パスポートは新規発行よりも再発行の方が安い。有効期限は元のパスポートと同じになるが、私は旅を続けいつもパスポートの有効期限が来る前に余白ページが無くなり新規発行をしている。やった事はないが更新の度に盗られたことにしたいという欲にかられる。この時も発行してから半年も経っていないのに既に増補していた。ページ代だけ考えれば安く新しいのを作れたので実は損をしていないのである。

 気を取り直し、ビザも取り直し、切符を買い直し、安物のカメラまで買って、ローマからウイーンに向かう夜行列車に乗車。無駄になったのはわずか2日半。韓国人のバックパッカーと2人でコンパートメントに入る。
 韓国人はすぐに熟睡してしまったが、私はやられた後なので眠れない。
 夜通し何度もイタリア人がそっと戸を開けて荷物を狙っていた。それも駅停車前には必ずである。同一人物ではなく、毎回違う人物。時には私が起きているのに気づかずに荷物に手をかける奴もいる。ペンライトを用意し、荷物の鍵などをチェック、その後で熟睡しているかどうか確かめるために顔に光をあててきたりしている。成功すれば下車するのか、それとも普通の若者がゲーム感覚で自分の下車寸前に狙うのか。それさえ分からないくらい全ての駅の停車前に、やってきていた。
 イタリアの夜行列車がここまで危険なものだとは全く知らなかった。学生時代にヨーロッパへ来ているが、その頃は危険とも知らず、毎晩のように夜行に乗って熟睡していたのだ。当時は、それでも被害がなかった。幸運であったのか、今回特に治安が悪くなっていたのか、私には分からない…。

 翌朝、韓国人に話をすると、彼は戸が開き覗かれたのはおろか、顔に光をあてられたのも知らなかった。話を聞いてもそれほど心配そうでない彼を見ていると、恐いもの知らずの昔の自分を見るようであった。