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海を歩いて無人島へ

トンガ

 南太平洋のトンガ王国は、無数の島が集まる小さな国である。首都から貨物船でリフカ島まで一晩。リフカ島は人口が数千人で、美しい海で知られるハアパイ諸島の中心だ。
 リフカ島に隣接するウオレバ島は無人島なのに安い宿があり、手軽に無人島生活の体験が出来る。リフカ島に住むオーナーは客が来るとシーカヤックでウオレバ島に渡り、宿を一人で切り盛りするのだ。ウオレバ島へは船のチャーターも可能だが、干潮時には歩いても渡れる。説明だけでは様子が分からず、私は早めに渡渉点へと向った。
 渡らねばならない海はゆうに一㌔を越えている。海底はサンゴの付いた岩で、裸足では歩けない。ためしで海に入ったが、すぐに水は膝上を越え、水流が激しく前に進めない。干潮を待つしかないが、本当に渡れるのかと不安を感じてしまう。
 干潮予定時刻になっても、まだ潮は引いていた。のんびりした島の人から教えられた時間は正確ではない。少し待ったほうが良さそうだが、横断中に潮が満ちるのが恐い。海を歩いて渡るのが楽しみに来たのに、これでは不安が増すばかり。
 意を決し、ざぶざぶと海に入った。いきなり膝より深いところが続き、水流もまだまだ急。危険を感じたが、深かったのは最初だけ。後半はくるぶしまでしか水はなく、写真を撮ったりしながらの四十分、のんびりと歩きの海渡りを楽しんだ。
 シュノーケリングやココナツミルクしぼり体験など、島での数日間は非常に充実していた。帰路は沖を通りがかった小舟が乗せてくれ助かった。砂浜と海を含んだ五㌔の道は、一度歩けば十分なのだ。


産経新聞連載
「(新)一国一景」
2004年1月29日分

エッセイ