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犠牲祭で飢える

モロッコ

 北アフリカ西端にあるモロッコに入国早々、古都メクネスで祭りに遭遇した。
 街はやけに静かで、営業している店はカフェが一軒だけ。観光できずに宿の屋上で景色を眺めていたら、隣のビル屋上で羊の解体を始めた。しばらくすると宿の屋上にも羊が連れてこられ、屠殺、解体が始まった。祭りの行事で、各家族で一頭の羊を解体し、食べるのだという。宿の人も毎年解体をするので、手際よく羊をさばいていく。肉を切り分け、脳みそや腸まできれいに分類していくのを見学。
 再び静かな街に出ると、車は走っておらず、道路で羊の解体をしている人もいた。昼になっても商店のシャッターは閉まったまま。食堂は開かず、朝のカフェも閉まっていた。腹を空かせて宿に戻るが、宿の人々は羊を食べた後で、昼寝をしている。私も昼寝をしようとしたが、ひもじくて眠れない。仕方なく、遠くの新市街に出かけ軽食を見つけたが、これだけでは力も出ない。この祭りは三日続き、解体した羊を家族で余さず食べ続けるのだ。期間中は食堂も観光施設も開かない。旅人にとってはやっかいな祭りだ。
 祭り期間中に日帰りで六十㌔離れたフェズを訪問。平常通りのにぎやかさで、やっとまともな食事がとれほっとしたが、その日もメクネスに戻ると店は閉まっており、夜は飢えた。
 先日イラクでの犠牲祭を報じている内容を聞き、驚いた。メクネスだけだと思っていたこの羊を食べる祭りが、イスラム圏全体で行われる犠牲祭だったのだ。しかもメクネスのように家族だけで一頭食べ切るのは珍しく、普通は周りの人々にも振舞われるものだとは…


産経新聞連載
「(新)一国一景」
2004年2月12日分

エッセイ