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カリブ海にアフリカが

ハイチ

 空港からタプタプと呼ばれる小型トラック改造のバスに乗り、首都ポルトープランスに入るとアフリカに来たような錯覚にとらわれた。場所はカリブ海、イスパニョーラ島の西半分を占めるハイチである。
 全員が黒人、カラフルな服をまとっている。ぼろぼろの車が警笛を騒がしく鳴らしながらひしめく街角で、タプタプを降りた。下車の合図は、プスプスーと口で出す音、アフリカと同じだ。建物は薄汚れたビル群、そのまわりには木箱に商品を並べただけの露店が並ぶ。広い歩道真中には汚水が流れる溝があり、悪臭を放っている。大小便の匂いがひどいと思ったら、いきなり目の前で若い女性が溝をまたいで放尿を始めた。
 こんな国でも観光局があるが、女性が一人いるだけで、資料も情報もない。何を尋ねても「知らない」と答えるので、何のためにいるのと質問すると「英語を話せるので職を得て、給料がもらえる。だからここに座っている。」返す言葉が見つからなかった。
 苦労はしたが旅を楽しんで帰国となり、空港へ。並んでいる時に在米ハイチ人のおじさんに、何しに来たのと尋ねられた。「観光」と答えると彼は大笑い、「誰に騙されたんだ?ハイチに観光で来る人間がいるなんて信じられない!」。
 実はこの訪問のあと、ハイチは無政府状態に陥り、旅行者の訪問が困難な状況が何年も続いた。ここ数年は落ちついていたが、昨年から暴動が各地で発生。この二月からは日本の外務省が邦人に避難を呼びかける状況へ戻ってしまった。今年で独立二百年、黒人国家としては極めて長い歴史を誇る国なのに。


産経新聞連載
「(新)一国一景」
2004年2月26日分

エッセイ