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あるホテルの思い出

マーシャル諸島

 旧日本領南洋諸島に含まれるマーシャル諸島に到着したのは夜の八時。日本人はビザがいるからと手続きを最後にされ、入国完了時には同じ飛行機で来た人がもうほとんどいなかった。待っていた車は、マジュロホテルの出迎え一台のみ。予約はないが、搭乗前に話をした米国人が交通機関のない状況を心配してくれ、待っていてくれたのだ。他の選択肢はない。
 建物はコンクリートばかり、趣きに欠ける街だなどと考えていると、建物の途切れた場所で停車した。着いたと言われ、良く見ると敷地の奥にうす暗い建物がある。首都の名を冠し、ガイドブックで一番始めに紹介されていたホテル、値段も39~49米ドルと格安ではない。まともな設備を期待していたが、蛍光灯が切れ、非常灯で薄明るいフロントのソファーはスプリングが飛び出ている。廊下は真っ暗で、部屋への案内は懐中電灯を使った。部屋には裸電球が一つだけ。色々な国を旅したが、ここほどコストパフォーマンスが悪いホテルはなかった。
 ビキニ環礁などが米国の核実験場として長年使用され、クワジェリン環礁は米軍が占有し、巨大基地がある。マジュロへの移住を強制された人々も多く、実際の生活は苦しいだろうが、見返りである補償金や援助金のために、政府財政は隣国よりも豊かで、インフラ整備は進んでいる国なのだ。
 マジュロの夜は普通に建物から灯りが漏れ、街灯も明るいのに、唯一の暗い建物が滞在ホテルなのはあまりにも悲しい。
 翌朝、改めてホテルを外から眺めたが、看板さえなく営業しているようには見えない。さすがに連泊は避け、宿は変えた。


産経新聞連載
「(新)一国一景」
2004年3月11日分

エッセイ